
最近、ハマっている田坂広志さんの本。一人の著者を気に入ると、全作品を読んじゃうんだよねー!(^o^) さあ、これは貴重な本だよー!
「世界のトップリーダーにとって、グローバルな会議でのスピーチの場は、一国の将来を背負った、まさに「戦場」であり、彼らは、その戦いに勝つための「高度な話術」を身につけている。本書では、ダボス会議やTED会議などのメンバーとして、その姿を間近で見てきた著者が、「人格」「位取り」「胆力」「演技力」「観察力」「対話力」「振る舞い」「発声」「余韻」「思考」など、一般には語られることない、トップリーダーたちの「15の話術」を紹介する」そのエッセンスを紹介しよう。
・毎年1月、スイスの国際的リゾート地・ダボスに、政界・財界・官界・学会・市民団体、文化人、宗教者など、世界のトップリーダー2500名が集まる「ダボス会議」。主催者は「世界経済フォーラム」、スイスのジュネーブに本拠を置くNPOだ。
2014年のあるプライベート・セッション(非公式会議)のパネル討論の登壇者は4人。左から、トニー・ブレア、ビル・ゲイツ、リチャード・ブランソン(ヴァージン・グループ)、ムハマド・ユヌス(ノーベル平和賞受賞者でグラミン銀行創設者)。こうした豪華メンバーのパネル討論は、ダボス会議以外では実現不可能だろう、なんという贅沢。
・ランチライムのプライベートランチは、隣のテーブルは、アル・ゴア・アメリカ副大統領。その隣は、世界的投資家ジョージソロ、などなど。この場での会話は、すべてオフレコ。彼らは、自由に、はばかることもなく、自分の意見を語る。世界のトップリーダーの本音が聴ける、最高の場だ。
・なぜ、このダボス会議に、世界のトップリーダーが集まるのか?それはこのわずか五日間に、様々な「トップ会合」を持つことができるからだ。公式なオフィシャルセッション(公式会議)は、250名余り。このプレイベートセッションやプライベートミーティングは1,000以上あると言われている。政府首相同士の個別会談、世界的企業のCEO同士の商談、トップリーダーへの世界的メディアからのインタビューなど、様々な会合が集中的に行われる。日本のある大臣は、一日で22の個別会談を入れたという。
・このダボス会議とは、ある意味で、「世界のトップリーダーの品評会」でもある。聴衆は、世界のトップリーダーを値踏みしている。そして、この値踏みは、実は怖い世界。なぜなら、それが「株価」にも影響を与えてしまうからだ。しかも聴衆は、世界のトップリーダーとしての力量や影響力を持った聴衆だ。ある意味で「両刃の剣」。
・プロフェッショナルの世界では、言葉を発する前に勝負が決まる。聴衆が見ているのは、スピーチ内容や発言内容ではない。トップリーダーの「人物」である。実際に、その人物を見る、その人の話を聴く、ことによってしか分からないものがあるからだ。「信念」「覚悟」「決断力」「説得力」「説得力」「思想」「ビジョン」「志」「使命感」「人柄」「人間性」といったものである。「何を語っている」のではない。「誰が語っているか」をこそ、見ている。
・もし、世界のトップリーダーに「最高の話術」というものがあるとすれば、それは、「言葉でメッセージを伝える技術」である以上に「言葉を超えたメッセージを伝える技術」である。それゆえ、本書の副題は「言葉を超えたメッセージの戦い」である。国家のリーダーだけでなく、企業のリーダーであっても,職場のリーダーであっても、その「話術」には、大きな力が宿るだろう。
・実は、我々、誰もが、自分の中に「複数の人格」を持っている。問題は、それを自覚しているか、そして、その「複数の人格」を意識的に使い分けているかである。実は、スピーチにおいては、この「人格の使い分けの技術」が、極めて重要である。一流の役者が「演じている」というよりも、「その人物になり切っている」状態になっていくように、一流の話者は、ただ演じるのではなく、「その人物の人格」が、自身の中から現れていく、そして、その人物になり切っていく。
・「話術」というものを究めていくと、最後は「どの人格で話をするか」という選択になっていく。言葉を変えれば「多重人格のマネジメント」になっていく。
・「経営者の器」とは、一人の経営者が、自分自身の中で、一見、矛盾する「大局的な人格」を同時に持ち、それを使いわける力量のことである。
・スピートとは、話者から聴衆への「一方通行のメッセージ伝達」ではない。スピーチとは、実は、会場の聴衆への「無言の対話」に他ならない。それが象徴的にあわられるのが「間の取り方」や「話のリズム」などの技術である。
・「場を呑む」ということ。それは、トップリーダーのレベルの話術においては、極めて重要な力量である。
「聴衆からの「密かな挑発」」「「鉄の女」の真骨頂」「余韻や「間」に込めるエネルギー」「話術の八割は言葉を超えたメッセージである」など。
深い、実に深い。

