酒場のギター弾き 小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜」(宮﨑克・吉本浩二)

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小学生の頃、漫画家になりたかった。目指したのは赤塚賞手塚賞。特に低学年の時は、休み時間に漫画を描いて友達に読ませてたなあ……。マンガの神様、手塚治虫火の鳥」「ブッダ」「陽だまりの樹」「アドルフに告ぐ」「奇子……数々の名作があるがやっぱりブラック・ジャックだよねー!(・∀・)!

 

「“漫画家は医者を創った。医者は漫画家を救った。”漫画史にきらめく不朽の名作ブラック・ジャック!! 熱い!沁みる!でもおもしろい!!マンガで読む実録・手塚治虫先生!!創作への情熱と執念、待望の単行本化!!漫画家の神様・手塚治虫先生の創作の現場を関係者の証言で再現するマンガ・ノンフィクション!!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
先生の描いてる様子?ベレー帽なんてかぶりませんよ。取材の時だけです。細かい絵を書く時は メガネをはずして。当時、入居していたビルは全館冷房で深夜12時になるとストップするんです。手塚先生は汗だくで鉢巻きをしめ 貧乏ゆすりをしながら まるで肉体労働者のように 眼で原稿を喰らうように 描いていました。(福元一義 元・チーフアシスタント)
 
子供のまんまの 無垢な好奇心の塊 それが 手塚治虫なんです!!
 
・ええ!!徹夜もよくやりましたよ。眠くてね 富士見台の頃は 先生も同じ部屋で描いてましたから 眠くてね……何度も何度も 意識がなくなりそうになる日があってね…………えっ?つらかったって?とんでもない むしろ うれしかったですよ だって 振り返ると そこに 手塚治虫がいるんですよ!! それだけで 無性に……。
 
最初からどだい無理なスケジュールなのに アニメの仕事を引き受け スタッフに逃げられても あきらめず 独りで全部やろうとさらに状況を悪くし 決して妥協することなく リテイクを連発して……ついにはヘトヘトになって コピー機と机のすき間に ダンボールを敷いて寝ている……これが日本一の 世界一の漫画家 神様と呼ばれる男 手塚治虫なんだ…!!!
 
・当時はアシスタントも少なく、チーフの福元さんの下に4人しかも連日朝8時から翌朝5時までの21時間勤務!!まあ私は19歳の若さでしたから 徹夜続きでも体はもちましたけど 40半ばの手塚先生も若い私たちと同じかそれ以上に 埃まみれになって描かれてしました 昭和47年頃 虫プロなどの経営悪化で 何度か悩んでいるお姿を目にしました しかも当時は劇画全盛期で 手塚漫画の人気は落ち込み 手塚先生は 公私ともに大変な時期だったと思います そして一年後 お別れは突然きました 郷里の寺が 全焼したのです 「三船氏、この名刺を持って 空港に行きなさい」
 

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手塚先生の名刺の威力は絶大でした。私はその名刺1枚で飛行機に乗って秋田に帰ったのです!!ブラック・ジャック」の成功は 決して偶然では なかったと思います 神様は どんな時でも 挑戦者として 挑み続け その執念が どん底から 「ブラック・ジャック」を生んだのです!!
 
(地蔵院住職 三船毅志 元・手塚プロダクションアシスタント)
 
「第232話 虚像」は、あらすじだけで感動してしまった!壮絶な手塚治虫に感動した!!!こんな仕事をする人はもう出てこないだろうねえ……。マンガファン必読っ!

超オススメですっ!(・∀・)♪

 

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