以前紹介した、プロ野球の元スカウトの片岡宏雄氏の本の続編。オモシロイ。実にオモシロイ!
「メガネのキャッチャー?いらんわ! 」と名将から罵倒されるも、プロスカウトの眼は“古田敦也、一流也"の評価を崩さなかった……。数々の名選手を世に送り出した伝説のスカウトマンによる、エース、4番バッター等「一流プレーヤー」の見抜き方・育て方とは!?そのエッセンスを紹介しよう。
・スカウトはギャンブルや。プロ野球のスカウトとは、人間を「野球の才能」というただ一点だけでジャッジする仕事をいう。人間が人間を見極めるのである。しかし、神ならぬ身でそんなことができるはずがない。素晴らしい才能があると踏んで獲った選手がプロでまったく勝つやうできなかったり、逆に期待薄で獲得したのに球史に残る名プレイヤーに成長した例も珍しくはない。どんなに素晴らしい素材であっても活躍する保証はどこにもないのだ。無責任のように聞こえるかもしれないが、それが真実だ。
・オレは穴馬狙いのスカウトやった。他のスカウトが高く評価しない、他球団があまり目をつけない選手を見出すことに無上の喜びを感じてきた。ノーマークだったり、狙いから外された選手を発掘することこそがスカウティングの醍醐味やと今でも思うとる。
・スカウトとして33年間幾多の選手を見続けてきたが、アマチュア時点の完成度が飛び抜けていた選手が二人いた。江川卓と高橋由伸や。清原和博、松井秀喜、桑田真澄といった選手もズバ抜けた素質を持っていたが、アマチュア時点の完成度という点ではこの二人には遠く及ばない。
・どんなことろにもウマの合わない人はいるもんや。それは世間一般の会社でも同じだろう。だが野村(克也)とオレの場合は単にウマが合わないというレベルと超えていた。とにかく言うことがコロコロ変わるうえに人を信用しない。猜疑心の塊のような男に仕えることに無力感を感じ、辞表を出したことさえあった。
・自らの手で「第二の長嶋茂雄」を見出したいとずっと思っていたんや。しかし結論から言うと、33年間のスカウト活動のなかで、そういう選手を発掘することはできなかった。ただ、ひょっとしたら「第二の長嶋茂雄」になれたかもしれないと思わせた選手が一人だけいた。それは他ならぬミスターの実息・長嶋一茂や。
・一茂は、まず体力が素晴らしかった。立大四年生のときにはもうプロで戦いぬく体ができあがっていたんや。バテない馬力、ボールを投げる遠投力、打球を遠くまで飛ばすパワーなどは間違いなく父親を凌駕していたし、親父さん譲りの「球付きの良さ」もそなえていた。「体力的には親父さんよりも間違いなく上や。それに長嶋茂雄の遺伝子を受け継いでいる。ひょっとしたら大化けするかもしれない」そんなふうに考えても少しも不思議ではなかった。当時の関根潤三監督も同じ考えやった。しかし、90年に野村克也監督が招聘されると雲行きが怪しくなった。
・たしかに素質の面で長嶋さんを超えている部分があった。しかし、絶対的に違う部分があったんや。それは、野球に対する集中力や。長嶋さんは、野球のこととなると他はどうでもよくなる人だった。いついかなるときでも自分がいかにプレーするかしか頭にない人だった。それが長嶋茂雄のスーパープレーの源だった。長嶋茂雄と一茂との一番の違い。それは野球に賭ける執念やったと思う。「一茂に親父さんの半分の集中力があれば」今でもそう思っとる。
確かに、一茂は惜しかったよね…もしノムさんが監督じゃなかったら…!?オススメです。(^_^)