「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「日本人食べかた上手だった日本人 よみがえる昭和モダン時代の知恵」(魚柄仁之助)

この本は、目からウロコだなあ!♪ 温故知新だなあ。昭和初期の食生活が、実は今よりも優秀だったのかも!?(=^・^=)
 
・けっこうウマイごはんなのです、昭和のごはん。戦前のごはんというと、現代人はスイトンに代表される戦時中の耐乏食を思いうかべがちですが、昭和10年前後の食事を周べてみると、実はずっとハイカラなモダンごはんだったんです。食文化研究家という職業柄、昔の料理本を山のように集め、明治・大正・昭和の食を検証してきましたが、長いことやっているうちに、ある変化に気づいてしまった。明治から大正までの約60年間は日本人の食卓にあまり大きな変化が見られないのに、 昭和に入ると大きく変わるんですねー。
 
・大正5年に書かれた野菜料理の本を以前、現代文にして解説をつけ、出版しましたが(『大正時代の知恵に学ぶ野菜の食べ方178種類』飛鳥新社)、これは料理の本というよりは武道の本みたいな文章で、「大根を心のままに切り、湯煮したるものにくずあんをかけて供す」なんて書き方なんでした。何センチくらいに切るのか?何分くらい茹でるのか?そんなこたあ、わかっててあたりまえ!みたいな記述ですな。
 
・ところがその後20年ほど経った昭和10年頃の料理本になると、これから本書で紹介する資料のように、やわらかな文章で、分量も数値化され、イラストも多い。まさに今日の料理本スタイルの原点なんです。大正以前の料理本は読者対象が男中心だったけど、昭和になると女性が対象になっているんですね。この変化はなぜなんだろう? と考えはじめると、もうイケナイ。実験好きのおいさんは、昭和初期の料理本に出てくるレシピを、かたっぱしから作ってみたのでした。
 
・今から70年以上も昔のレシピなんだが、実際にやってみると、この20年間、おいさんが食べてきた食事によく似ておる。戦争末期の「ひもじい」食と違って、けっこうモダンな和洋中なんですな。「松茸のフリッター」などという、現代人がよだれを流しそうなレシピもあるのです。
 
・今日の日本食との大きな違いといえば、動物性タンパク質と油脂の摂取量がずっと少ないという点でしょう。でっかいタケノコ1本とひき肉を一緒に煮る料理でも、5 人前で使うひき肉が約100グラムだから、1人あたり20グラムしかない。当時食べていた動物性タンパク質がいかに少量だったか、うかがい知ることができるのです。 今日から見れば質素だろうが、けっしてビンボ臭くもないし、そこそこウマイし、 低カロリーで体にもいい。昭和に入ってからの十数年で、どーしてこうも料理が変わってしまったのだろう? これが本書にとりかかるきっかけでした。
 
・これは、救世食になるかもしれない。人口増加、環境破壊、バイオ燃料、原油高、食糧不足……そんなこんなで食品は値上げされ続けるであろう、これからの時代に対応できる食生活のモデルケースが、昭和10年頃にほぼ完成しておったのではないか、とおいさんは思っておるのです。
 
・この時代の食べ方を現代にとりいれれば、家畜飼料も大幅に減らせるし、体重も減らせるかもしれん。食費はまちがいなく減らせる。当時とほぼ同じような食生活をしてきたこのおいさんの食費が、1ヵ月9000円以下であることが、その証でしょう。 すべてを七十数年前に戻そうなどとはぜんぜん思っちゃいませんが、こういう食べ方もあるんだという体験と知識は持っていたほうが、これからの時代を生きてゆくのにいいでしょ。
 
・本書をまとめるにあたり、主に昭和10年前後、いわゆる昭和モダンの時代の婦人雑誌や料理本を多数参考にいたしました。『主婦之友』『料理の友』『婦人倶楽部』…… 我ながらよく集めたもんです。一般の人にはなかなか見る機会のないものですが、ぜひご紹介したく思い、必要に応じ資料として載せました。どうぞ当時の「味」を感じ
てくださいまし。 

・食材として牛肉も豚肉もよく登場はします……しますが、その使用量はいたって少ない。肉が5人前で100~200グラムなんてあたりまえなんですね。つまり1人あたり20~140グラム。なるほど、その程度なら牧草を食べさせて育てた牛で間にあうんだわ。魚にしても1人あたりがサバ4分の1匹分くらいだったりする。その代わり、イモやダイコンなどの野菜をたっぷり食べておるのです。カレーでたとえると、ジャガイモ3個、ニンジン2本、タマネギ2個に対し、肉が80~100グラムというあんばい。
 
・冷蔵庫が普及するにしたがって、日本人は乾物、塩蔵物を使わなくなってきました。
現在でも乾物を使い続ける私には珍しくもないが、使ったことのない新人類(?)にとって、昭和10年頃の料理本に見る乾物は「珍なる物」かもしれんです。
 
当時、乾物は主要な食材で、食卓メニューの多様さを支えておりました。では、どんなものが乾物とされていたのか? まずは「身欠鰊(みがきにしん)」「塩鮭」「目刺鰯(めざし)」「煮干」「干鱈」「鰹節」「 干鱈」「鰹節」「削節」「帆立貝の柱」「姥貝(北寄貝)」「鰹鰺」「鯣(するめ)」「切鯣(きりするめ)」「昆布」「若布」、典型的な和食食材ですね。続いて登場するのが「マカロニー」「干瓢」。
 
その他、「アスパラガスは西洋うど」「白菜がバンバン食べられるようになったのは日清戦争のあと」「オクラの種を干すとコーヒーになる!?」「冷蔵庫の普及によって乾物、塩蔵物を使わなくなった!?」「昭和10年って豊か?マツタケレシピが多すぎる!」「昭和の「お買い物」マニュアル」「昭和30年代までツケで買い物するのが当たり前」「冷蔵庫いらずの保存の知恵」「農業技術の進歩で季節感が薄くなった」「交通=流通の進歩で地域性が薄くなった」「調味料の表記は、味の素!?」「『わかもと』は調味料だった!?」など。

 

乾物っていいなあ。乾物をもっと使おう!友人のサカイ優佳子さんからもっと学ぼうっ!!!(=^・^=) オススメです。

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