
高校、大学の頃、頭の良い人に憧れて、知的な生活に憧れた。その両巨塔が、渡部昇一と外山滋比古だ。40年ぶりに読んでみると、やっぱりすごい。刺激をうけるということは普遍的なメッセージなのだろう。230万部突破だって。そのエッセンスを紹介しよう。
・三人寄れば、面白くなることなのであろう。 三人の知恵を合わせれば、集知のおもしろさが出るけれども、 どこか不安である。椅子のように三本、四本では安定しない。 三人寄ればではなく、四人、五人、六人くらい集まると、 面白くなる。
・ひとりではいけない。二人でも足りない。それが三人になると、 知恵が出る。なんとなく体調がよくなくて、 しょぼくれて会に出ることもあるが、不思議なことに、 帰りは別人のようになっている。健康効果はたしかである。 心身のストレスが吹き飛ばされるのであろうか。
・乱読に相当する乱談ということばもない。しかたがないから、 創造的雑談のことを、あえて乱談と呼ぶことにした。なお、 一般の認知を得ていない。乱談はもちろん、ひとりでは、 乱れることができない。相手がいる。やはり、 最低三人はいないと乱談は成立しない。昔の人が、 三人寄れば文殊の知恵、といった英知におどろく。
・日本人は欧米の人に比べて、 ありがたくないハンディを負っている。日本語である。 漢字を使っている。しかも仮名と混用である。だから、 俳句のような短詩型文学が生まれたのであるが、 ニュートンのような人は現れなかった。
・漢字を使っているからではないが、日本人のことばは、 目に偏っている。耳は問題にしないで、文字、記録、 書物によって生きる。「日本人は目で考える」(ブルーノ・ タウト)は、日本人には当たり前のように思う。
・ひとの言うことをいちいち、批判、ケチをつけるのが生き甲斐、 といった人は、乱談のメンバーには不適当である。 珍しいことはなんでも飛びついて感心する、お人好しが、 すぐれた乱談を起こす。乱談は“おもしろさ”を生む。“ おもしろいこと”を見つける力を持っている。
・昔、中国の人が、朝、太陽の出るのと同時に、政務を始めた。 天子の政務をとることを朝廷というようになったわけだ。 目からウロコだった。
午後、 夕方、つまり月の出る自国にはじまり夜になり、 さらに日が出る朝になり、 昼ごろに一日が終わるという生活時間だったのではないか。 そう考えると、辻褄の合うことが、いろいろある。たとえば、 クリスマス。つまり、24日のイヴで始まり、 翌日の昼下がりには終わってしまうのである。
・太陰暦の考えが、太陽暦に変わって起こった混乱で、 近代の人間は、その影響を強く受けて、 夜型人間と朝型人間が併立するようになったのだと考えられる。 旧暦が新暦に変わったために、 近代の人間は分裂したのかもしれない。昔の人は、夜、 本を読んだ。昼は忙しくて本など読んでいられない。
・(ウォルター・スコット)「なーに、明日の朝になれば、 いい考えが生まれるさ」夜は、だいたい考えるのに適していない。 体も頭も心も、疲れてよく働かない。 ぼんやりとものを思うことはできるが、 新しいことを考え出すエネルギーがない、“朝考暮思” ということを考えた。新しいことを考えるのは朝の時間。 夕方になったら、 そぞろの情緒に浸るように人間はできているのではないか。 小説は夜、書くことはできるが、新しい思考、 アイディアは朝でないと生まれない。
ひとつひとつのメッセージが珠玉だ、名著たる所以だ。何度も繰り返したくなります。オススメです。(^^)

この本と併せて読もう。オススメです。(^^)
