「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「紙屋ふじさき記念館 故郷の色 海の色」(ほしおさなえ)

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全作品読破しているほしおさなえさん。待望の新刊だよー!ワクワクっ!ほしおさんの文章はドキッとするような表現が散りばめられている。そして活版印刷や和紙に興味がない人にも「物語」を通じてグイッと惹き込ませる。ノンフィクションのようなフィクション!これが「ほしお流」

 

物語はついに、活版印刷日月堂と完全リンク! 紙が繋ぐ絆の物語。そのエッセンスを紹介しよう。

 
ここにおさめられている紙、全部人の手で漉いたものなんですもんね浮世絵にしても古文書にしても、書かれているものにばかり目がいきますけど、当時は紙も一枚ずつ人が漉いていたんだと思うと……。
 
・僕が考えるに、折形っていうのは単に見た目をうつくしくするためのものじゃなくて、一種の儀式なんだよ。人にものを贈るときには、穢れをうつしてはならない。だからなまの手ではなく、清浄なもので包まなければならない、ということ。それが紙。古くは、草木の葉や葉のついた枝だった、と言われている。いまでも神社の神饌(しんせん)はそうしたものといっしょに供えられいてるだろう。鏡餅はもっとも一般化した神饌だよ。
 
日本は清浄であることをとても大切にする国なんだよね。神社では神饌を作るのも専用の建物でおこなうか、注連縄(しめなわ)を使って結界を作り、精進潔斎した神職か氏子がおこなうこのと決まっている。近親者に不幸があった者は不浄とされるし、神饌に息がかからないように口元を紙で覆うこともあるらしい。まあ、草木の葉は結界を作るためのもので、のちに紙も同じ役割を担うようになった、ということだ。やっぱりなかに入れるものの清浄を保つ、という意識はなんとなくあるんだ。折形を折るときは手を清めるし、意識を集中してていねいに折る。だから市販の袋を使うというのには、なんとなく違和感があるんだ。ものを渡す儀式のひとつとして、包むことがある。祖母からそう教わってきたから。
 
・ずっと感じてきたことなんだ。これまでかかわってきた職人さんたちはみんな物語を背負っている、と。代々受け継がれてきたものだったり、あたらしく出会って惹かれたものだったり、その道にはいる理由は人それぞれだけど、みんななにかしらそこで働くための物語をかかえている。職人さんたちだけじゃない。人は、人の持つ物語に反応するんだ、ってこと。僕には僕の、吉野さんには吉野さんの物語がある。それを知ることで、おたがいのことを理解したり、惹かれたりする。人だけじゃなくて、ものにもそれがそなわっているんだね。とくに歴史を背負っているものは。紙でも布でも器でも、いろんな人の思いがからまりあって、ものが作られていく。その物語に触れたとき、人は心打たれる。その向こうにいる人々の姿を思い描くから。
 
ひとつに決める。むかしの人は選ぶことすらできなかった。自分の生まれた家の家業を継ぐ。生きるために仕事をする。紙だってそうやって生まれてきた。いまは自由に選べる。だから自分で決めなければならない。自分の責任で決めなければならない。みんな。どこかでそういう決断をしなくちゃならないんだろう。
 
うまくいかなかったとしても、目指すものがあるのはしあわせなことだと思うしね。
 

「菖蒲の紋切り」「ドイツのクライスター・パピア」「フランスの人間国宝 ロマン・ノグ」など。

 
いや〜川越に行ってみたい。これ、町おこしに使えるよね。このシリーズ、サイコーだね。超オススメです。(・∀・)
 

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