- 作者: 童門冬二
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2001/12/14
- メディア: 文庫
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BOOK〜今年最高の本!…『二宮金次郎の一生』(三戸岡道夫)
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20091009
ここしばらくは、尊徳先生からたくさん学ぼうといういことで関連書籍を読みまくっています。この本は歴史小説の童門冬二氏が描く、小説がコレ。尊徳先生の桜町仕法の時代を中心に書かれたのだけど、それでも上下巻。童門氏いわく、「実際に金次郎に関する勉強をはじめてみると、その巨大さに圧倒されて、とてもぼくのような非力な書き手には、手に負えない存在に思えてきた」 しかしどうして、どうして!リアルな童門流の尊徳先生像が描かれている。例えば…。
二宮金次郎の「推譲の精神」は、何事につけても彼が応用する「水車の論理」にたとえられる。水車というのは半分は天の意思に従って下降し、半分は天の意思にさからって上昇する。この上昇には、人の力が加えられている。人の力というのは人の道だ。したがって、水車は天道に従って下降し、人道に従って上昇するということになる。この原理は、人間生活のあらゆる部分に現れている。
稲が成長すると、その根元に雑草が生える。生きとし生けるものに生命を与えるのは、天の意思だろう。天道だ。が、人間は稲の成長をよりよくするために、この草を刈り取ってしまう。これは、明らかに、人間が天の意思にさからうことだ。こういうように、人間生活は、あらゆることが天道と人道の矛盾する関係によって成り立っている。
「人間にとって本当に大切なこと、そして真の豊かさ、幸福とは、やはり自分の能力に応じて働き、分度と心得て生活しそして余った分を困っている人に回すということではないでしょうか。この道筋さえキチンと開かれ、また保たれれば、人間の世の中は、もっともっと豊かになるでしょう。そしてそうなることが、お金自身が潜めている徳、すなわち仏の願いではないでしょうか」
「日食にも二種類ある。ひとつは太陽が月と完全に重なって、真黒になり、人間の生きている地上から光が消えてしまうことだ。部分日食というのは、そうではなくて、太陽と月の一部分が重なって、光は完全に消えない。人間の世の中でも同じではなかろうか。金次郎はそう考える。つまり、指導者の中でも、皆既日食型と部分日食型があって、多くの指導者は、やはり皆既日食を求めているのではないかと思うのだ。それは、指導する人々を、自分の思いどおりにしなければ気がすまない型と、そうではなくて、一部分で接点を保ちながらも、大部分は、お互いの自主性や、自立性を尊重しようとする型とである。前者が皆既日食型であり、後者が部分日食型である。成田山で金次郎が考えたことは、「俺は部分日食型になろう」ということであった」
ん〜深イイ…!尊徳先生の意志の強さ、鷲のエネルギー、情の深さ、現場主義…などなど本当にいっぱい仕入れになる。また他の尊徳先生伝も読んでみよう。おススメよ!(^◇^)