「人は見た目が9割」で有名な竹内一郎氏。今度は「声」がテーマです。 ワタシの持論なんだけど「自分をいちばん癒やすのは自分の声である」。嘘だと思ったら夜寝るときに自分の歌声を聞きながら布団に入ってみてください。ホントに熟睡できるから!(笑)……ワタシだけかな……。(笑)(・∀・)
「声とは教養そのものである。 声に気づけば、人間関係が潤う。私たちは話す内容より「声」で判断される──舞台演出家かつ「非言語情報」の専門家が、究極の自己財産である声の活用法について、 テクニカルとメンタルな面の双方から迫る。「自分の声」ひいては自分自身と出逢う喜びを味わえる、超実用的人生読本!」そのエッセンスを紹介しよう。
・声は有効なコミュニケーション・ツールであるにもかかわらず、 小学校から大学まで通い、「人間関係を円滑にし、 仕事を達成するには、声が大事だから、声を磨きなさい」 と先生に教えてもらった人は、いないのではないだろうか。
・「ジャパネットたかた」の高田明社長、「刑事コロンボ」 の小池朝雄。「ドラえもん」の大山のぶ代。「ドラゴンボール」 の野沢雅子。「ルパン三世」の山田康雄。「開運! なんでも鑑定団」の銀河万丈。「プロジェクトX」 の田口トモロヲ。「世界の車窓から」の石丸謙二郎、「 オフコース」の小田和正。「RCサクセション」の忌野清志郎。
・動物は何のために、声を発するのか、理由は二つ。 危険を伝えるためと、オスがメスを引き寄せるため。両方とも「 種の保存」 のために最低限必要なことに大切な機能として声は生まれている。
・テレビ局のアナウンサーは、視覚情報も加わって、 人柄がかなり詳しく視聴者に伝わる。「見た目重視」 で採用されている。一方、民放のラジオ局は「声重視」 でアナウンサーを採用する。最低限、 十人並みの見た目なら問題なしだろう。 ラジオのパーソナリティは、 ほとんど紙に書かれたものを読むのではなく、 自分の考えをしゃべる。だから「話の内容」を通じて、 知性そのものについてもリスナーに伝わるようになっている。 だが「声の魅力」で抜きん出る人は少ない。
・声で食べていけるのも才能である。 声優の卵は常に三万人いるといわれている。 それだけ専門学校や養成所があるということだ。
・小沢昭一「(香具師(テキ屋)は、 うろうろ動いている人の足をとめて、とめるだけじゃなくて、 その人にバナナを買わせるっていう、 それも全部口先三寸のタンカによってやろうというわけですから、 これは大変な魔力がなければ通用しないわけです」
・電車の車掌といい、テレアポといい、「相手のために」 しゃべっていない人の声には、力がない。「伝える気」 のない言葉に力が宿るはずがない。声はそもそも「 相手に伝えるため」に生まれたものである。一般的には「 伝える気のない声」は「駄目な声」といってもいいだろう。
・(二代目桂枝雀)しゃべりには「緊張と弛緩」が大切。
・リズム、テンポ、強弱、抑揚、間…… これらも音声情報を左右する大きな原因だが、何より勝るのは、 声そのものの質なのである。
・どんなに時代が変わっても、 普遍性を持つ変わらない声は赤ん坊の鳴き声である。
・理想的なマイクの位置は、 口から12センチメートルの場所である。「鼻からの声」と「 口からの声」の合成音の二つの「音」の合流地点は、 口から12センチメートル離れた位置にあるので、 そこにマイクを置くのが自分の声をクリアーに再現する手段である 。また声を出す前にコップ一杯程度の水を飲むと良い。 声帯の周辺を湿らせることができ、 いがらっぽい感じを取り除いてくれる。
・「うまい話し方6つのツボとコツ」
1 音量コントロールを間違えない
2 話のスピードを考える
3 抑揚を上手に付けよう
4 明瞭な発音
5 流暢に話す
6 効果的な間
・NHKのアナウンサーは平均で一分間に350字程度しゃべる。 徳川夢声は150字程度だったという。ゆっくりしゃべっても、 観客に静かに聞いているというのは、声に力がある。 話にワザがある、ということである。名人の域をを知れば、 私たちも謙虚に切磋琢磨できるというものだ。
・山寺宏一氏はディレクターにこう言われた。「 とにかくテンションを上げろ。『バッキー木場』 という人気のパーソナリティがいるだろう。 あの人にテンションで負けるな。そうだ、お前は今日から『 バズーカ山寺』だ。テンションだけは絶対に下げるな」 山寺氏はその後、 テンションの高さでは日本でも屈指のタレントに成長していく。
・そもそも、日本人は芸人や俳優でない限り、「しゃべり」 が大事だとは考えてこなかった。 そしてこの20年は急激に成長するネット社会である。 コミュニケーションの王座は「メール」が座りつつある。 これでは、しゃべりは軽視されて仕方がない。当然、 声にまで意識は届かない。
・英語の「スピーチ」という言葉を、明治期に日本語では「演説」 と訳したとされる。福沢諭吉が『学問のすゝめ』 で演説の大切さを説くまで、 日本では演説が重要な局面は少なかった。戦国大名は、 証拠が残らないように大事なことは茶室で「 言葉を交わすことなく」伝えあったようだ。禅の言葉に「 以心伝心」があるが、 そんなコミュニケーションを好んだ国民である。とはいえ、 それは日本に限ったことではなく、 基本的には西洋以外の国々では、演説は重要な能力ではなかった。

