「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「大リーガーの愛と孤高 ジョー・ディマジオとマリリン・モンロー」(ジョセフ・ダーソー 宮川毅訳)

またまたジョー・ディマジオの本。すごいなあ。史上最強のメジャーリーガーだということがよくわかる。そしてマリリン・モンローと結婚生活を送ったということだけでもすごいよね。
 
この本は、その二人のことについて自伝的に書かれている本。そのエッセンスを紹介しよう。
 
 
・今年八十二歳のジョー・ディマジオが、今日まで長い、充実した人生を送ってきたことは、彼が先年、野球関係者の投票で「現存する最高のベースボール・プレーヤー」のタイトルを贈られたことが何よりも如実に物語っている。 
 
この伝記はディマジオが彼の生きた時代でいかなる役割を果たしてきたかを書くのが目的で、あとはすべて歴史の割断に任せるべきだと思う。ただ、誰もが否定できないのはディマジオが野球の世界で確固とした地位を確立し、大衆の心を深くつかみ、マリリン・モ。ンローの人生で劇的な役割を果たしながらも、モンローを守るために、その役割については深く沈黙を守り続けていることだ。
 
最後に一つだけ見のがすことの出来ない側面がある。それはジョー・ディマジオが日本の野球のレベルを常々から高く評価していたことだ。何度も日本を訪れ、日本のプロ野球がやがて米国の大リーグのレベルに迫る日がくることを、繰り返し彼は予言していた。野球生涯のすべてをニューヨークで過ごしはしたが、サンフランシスコ生まれの彼は、太平洋を越えて結ばれる「フィールド・オブ・ドリームズ」が実現する夢を、早くから心の中に抱き続けていたことを、私は特に日本の読者に知って欲しいのである。
 
 
・彼女は自由奔放で気まぐれ、だれ一人その魅力に逆らえない魔法のような力を持っていた。また、彼はめったに感情のままに流されなかった。彼が彼女に生涯のすべての愛情を捧げたがゆえに一生苦悩の中で苛まれる存在となった。彼女は女神であり、同時に魔女だった。二人の求愛は二年の長きに達しながら、実質的に結婚生活を続けたのは一年にも満たない二百七十四日間だった。あまりに早い破綻で、九か月後にディマジオがアパートから引き上げるとき、結婚式の介添え役を務めたリーノ・バルソクチーニは、今度は引っ越し荷物を運ぶ手伝いをする羽目になった。
 
・二人の場合は幸せであると同時に、 不幸だったのである。それは、夫がジョー・ディマジオであり、妻がマリリン・モンローであったからにほかならない。シェークスピア流にいえば、問題は幸福であろうと無かろうと、二人が家庭らしい家庭を決して作れな
かったという現実にあった。
 
・ディマジオは自分で車を運転するのが嫌いだったので、このレストランにくるときもタクシーを使っていた。彼も帰るからと言うので、モンローは自分の車でホテルまで送りましょうと言い出し、二人は一緒に出て行った。その後、二人に何が起こったのだろうか?
 
こうして三振”の状態が一週間続いたが、ついに素晴らしいヒットが出たのである。彼女のほうからディナーに誘ってほしいとの電話が入ったのだ。そのときのディマジオときたら、彼女をディナーに誘えるなら、 極の氷の上を這いずり回ってもいいという気持ちになっていただろう。彼は並大抵のことで心を動かされる人間
 
ではなかったが、この時ばかりは別だった。が、マリリン・モンローという女性は女神であると同時に、魔性の人でもあった。
 
そのモンローに生涯の愛を捧げたがゆえに、自分が一生苦悩に苛まれる存在になるとは、その時のディマジオには夢想だにできないことだった。
 
ニューヨーク時代によくディマジオと付き合い、コラムの中で彼の歴史的評価をしていたジミー・キャノンは、 ディマジオとモンローの出会いを純情型ロマンスの始まりととらえた。二人はその結末はどうあれ、大衆の面前にさらされながら自分たち二人の喜びを見いだそうとする、おとぎ話に出てくるようなヒーローであり、ヒロインだった・・・・・・
 
・ゴージャスである半面、とても人の言うことを素直に聞いたり、あるいは飼い慣らされることに甘んじるような女ではなかったということだ。
 
こうして“三振”の状態が一週間続いたが、ついに素晴らしいヒットが出たのである。彼女のほうからディナーに誘ってほしいとの電話が入ったのだ。そのときのディマジオときたら、彼女をディナーに誘えるなら、 極の氷の上を這いずり回ってもいいという気持ちになっていただろう。彼は並大抵のことで心を動かされる人間ではなかったが、この時ばかりは別だった。が、マリリン・モンローという女性は女神であると同時に、魔性の人でもあった。そのモンローに生涯の愛を捧げたがゆえに、自分が一生苦悩に苛まれる存在になるとは、その時のディマジオには夢想だにできないことだった。
 
・二人はその結末はどうあれ、大衆の面前にさらされながら自分たち二人の喜びを見いだそうとする、おとぎ話に出てくるようなヒーローであり、ヒロインだった・・・・・・
 
・「マリリンとジョーの二人は国民的アイドルだった」「つまり、二人はアメリカ国民全体のペットであり、名もなき一般大衆、貧困と不安に悩む人々の単純な願望を満たす存在になった。そうした願望を満たす一番簡単な方法は、男なら当代の最高の野球選手になることである。また女ならば一番の近道は、自分の時代を代表する最もセンセーショナルな女優になることではないだろうか?」
 
「つまり、われわれはマリリン・モンローとジョー・ ディマジオのような人物になりたいと心から渇望している庶民なのである」。「その実像はともかく、われわれの目に映るマリリンとジョーのような存在になりたいのだ」と・・・・・・。
 
・彼女の家系にまつわる忌まわしくも暗い面で、 このことが彼女を終生苦しめることになった。それは、まず彼女の母親が長い間精神病院に入院していたこと、そして、彼女の母方の祖父も亡くなるまでの数年間を、やはり精神病院で過ごしていたことだった。 さらに、祖母のデラ・モンロー・グレンジャーは精神科病棟で治療を受け、母方の叔父は自殺している。彼女は里親ホームに預けられ、九歳になるとロサンゼルスの孤児協会ホームに収容され、およそ二年間そこで育てられた。やがて孤児院から出され、航空機関係の工場で働くアービンッドック"ゴダードとその妻グレース ・マッキー・ゴダードに預けられた。この二人が法律上の後見人になった。
 
・マリリンがディマジオと出会って以来、彼に助けを求めたのはこれが最初だったが、同じことがそれ以後も・・・・・・というよりも、あの“ナゾの死”まで続くことになるのである。
 
・ディマジオはすでに彼女の女優としての生活の重圧が自分たち二人の上にのしかかってくるのではないかとの危惧を抱き始めていた。彼女を妻にしたいとの思いはあったが、みだらな目付きで見る映画の観客や映画関係のお偉方たちに、これ以上彼女をさらすことは、彼にはたまらないことだった。
 
・彼の心の奥底には何とかしてマリリンを家に連れて帰り、一緒に家庭を持ちたいという思いがあった。彼女を愛し、所有したいとの情熱でいっぱいだったが、もともと彼女の出演する映画はみだらなイメージを作り出す意図で制作されているとはいえ、他人が自分と同じように彼女を愛したり所有することは許せなかった。しかし、 彼女の助けを求める声が聞こえると、彼はどこへでも駆けつけた。
 
 
昔の貴乃花と宮沢りえみたいなカンジだったんだろうねえ……。スーパースターはスーパースターと波動共鳴するんだろうなあ……。ディマジオの苦悩が伝わるなあ……超オススメです。