「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「邪馬台国は存在しなかった」(田中英道)

へー!そうだったの!?このタイトルにビックリしながら、読み進めていくとナント説得力のあることかっ!!!(・o・)
 
「なぜ「卑弥呼」も「邪馬台国」も『魏志倭人伝』にしか登場しないのか?作者・陳寿はどのようにして『魏志倭人伝』を書いたのか?なぜ「卑弥呼神社」は存在しないのか?戦後最大の未解決問題に決着をつける!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
・「邪馬台国」あるいは「卑弥呼」は、ほぼ毎年と言ってよいほど必ずマスコミの話題に上がります。2018年には、西日本新聞がこんな話題を取り上げていました。「邪馬台国」論争は、日本の歴史における戦後最大の未解決の問題、としてよく知られています。『古代史研究の最前線 邪馬台国』という本によれば、すでに千冊以上の関連書籍が存在するそうです。
それらの書籍は、『魏志倭人伝』に書かれている「邪馬台国」が果たしてどこにあったのか、「卑弥呼」の存在を含め、『魏志倭人伝』はどこまで当時の日本の正しい姿を伝えているか、ということをテーマとしています。研究の対象は、すべて『魏志倭人伝』に限られます。なぜ『魏志倭人伝』ばかりを研究するのかと言えば、それはつまり、「邪馬台国」も「卑弥呼」も『魏志倭人伝』にしか出てこないからです。
 
・四○○字詰め原稿用紙にしてわずか約五枚の文章に過ぎない『魏志倭人伝』の研究に、日本の歴史家、歴史好事家たちは、たいへんなエネルギーを費やしてきました。問題は、果たしてそれだけの成果があったのか、ということです。
 
いわゆる「邪馬台国」論争は、大きく、邪馬台国は九州にあったとする九州説と関西にあったとする畿内説の二説に分けられます。江戸時代にすでに論争があり、そして現代まで、何も結論は出ていません。ほぼ毎年、邪馬台国や卑弥呼の話題は、書籍は言うに及ばず、テレビや新聞、雑誌などで取り上げられます。しかし、結論も目立った進展もありません。
 
・いたずらにメディアは期待感だけを煽り、時にお祭り騒ぎのようになります。しかし何ひとつ明らかにならずに、相変わらず固まった状態になってしまっているままであるのは、 なぜなのでしょうか。私は、西洋の歴史研究の経験の上に立って日本の歴史研究を始めた一歴史家です。西洋の歴史研究の経験があるからなお、私は、この未解決の状態を放置できません。 なぜなら、この「邪馬台国」論争は、日本の歴史家の国際的な、学問的レベルの問題にも関わっているからです。「邪馬台国」論争は、その論争自体、果たして学問と呼べるのか、という問題です。
 
 
・『魏志倭人伝』をいくら誤読しようが曲解しようが、そのことを批判しても虚しいだけなぜなら、『魏志倭人伝』の記述こそ、もともとおかしいからです。
 
・『魏志倭人伝』に書かれている《七千里あまり》や《千里あまり》といった「距離」の想像性を見ればわかります。最初からフィクションを書くことを意図していた、と考えるのが常識というものです。中国では、「歴史」とは、初めからそういうものです。
 
・『魏志倭人伝』が収録されている『三国志』をはじめ、中国で歴史書と呼ばれているもののほとんどは、そこに多少の事実は書かれているにしても、学術用語で言う歴史資料には値しません。私たちは、このことをはっきりと認識する必要があります。そしてそれは、『魏志倭人伝』のような千年単位、数百年単位の昔の書に限ったことではありません。中国の現在の歴史においても、実はまったく同じなのです。
 
・『魏志倭人伝』ひとつを考えてもわかる通り、中国や韓国は歴史の捏造を行います。それが彼らの「歴史」に対するもともとの態度なのだから仕方がありません。
つまり、現在の中国、韓国が、政治的な「捏造」による「歴史問題」を言い出すのは、今に始まったことではないのです。しかし、 歴史家と教育者がこれを受け入れたということは、日本人の人の良さからきたことかません。このこと自体が、日本の歴史家のレベルの低さを物語っていると言えるでしょう。
 
・単に言葉に鈍感なだけではありません。「邪馬台国」や「卑弥呼」は『魏志倭人伝』に登場する言葉ですから、もちろんそれを取り上げて議論することに問題はありません。しかし、歴史用語として教科書にまで定着させるということは、日本の歴史家の、歴史自体の取り組み方に対する鈍感さがあることは否定できません。しかし、人の良さというものを歴史にまで及ばせる必要は全くないどころか、かえって事実を見えなくします。
 
・「邪馬台国」がどこにあるのかという「所在地」論争は、そのいい証拠です。九州説、関西説はじめ様々に取り沙汰されますが、未だに決着がつかないままです。中国は、自分の国においても伝統や文化を蔑視して軽んじ、あるいは破壊し、他の国を軽蔑します。「邪馬台国」論争は無駄な議論です。この無駄な議論が続く限り、従ってその一方で、『古事記』『日本書紀』の否定が続きます。
 
・非常に重要なことに気がつきました。「卑弥呼」神社というものがどこにもなにもありません。神社が存在しないばかりでなく、この異端の存在を示唆するような土地の伝説さえどこされていません。 『古事記』と『日本書紀』には、「卑弥呼」も「邪馬台国」も登場しません。その名は一切、 出てくることはありません。「卑弥呼」の伝承はどこかに残っているはずだ、「卑弥呼」を祀る神社や祠があってもいいはずだ、ということを重要視するべきです。
 
・たったひとつ存在する「卑弥呼神社」は鹿児島県霧島市隼人にあります。学界やマスコミからは無視されているようです。なぜなら、この「卑弥呼神社」は昭和五七年(一九八二年)に建てられた「捏造」神社だからです。
 

そうだよね。いままでずっと振り回されてきたのかなあ。この手の内容の本が他にも出ているのにビックリ。オススメです。(=^・^=)