「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「泣ける消費 人はモノではなく「感情」を買っている」(石津智大)

最近、涙もろくても困る。歌を歌っていても、グッときてしまいナミダを我慢することも多い。歌の内容や詞の奥深さに揺さぶられるからだろうなあ。(T_T)

 

さてこの本。「泣ける」から読み解く、心を動かす感情マーケティング。「映画を見て号泣した」「いつもの定食屋さんに行こう」「自分へのご褒美に買っちゃった」その瞬間、あなたが買ったのは“モノ”ではありません。そのモノがくれる、“感情”でした」そのエッセンスを紹介しよう。

 

・「行動経済学の父」と呼ばれるノーベル経済学賞科学者、ダニエル・カーネマンの「プロスペクト理論」によれば、人間は、同じ金額でも得たお金よりも失ったお金の
ほうが、心理的インパクトが大きいとされます。たとえば同じ1万円でも、失った1万円のほうが、得た1万円よりも多く感じると言うのです。これは単なる心理的な錯覚ではなく、生存戦略として理にかなっています。
 
原始時代、獲物を一日逃しても翌日また挑戦できますが、危険な獣に襲われれば一度で命を落とすかもしれません。「得られなかった」ことよりも「失った」ことのほうが生存上のリスクが高い。そのため、わたしたちの脳は何十万年もの進化の過程で、「獲得」よりも「喪失」 に強く反応するようになったのです。
 
・よく考えてみると、悲劇とは、 本質的になにかが「失われる」物語です。 恋人との別れ、愛する人の死、故郷の喪失、理想に対する挫折―これらはすべて、「何かがそこにあった」状態から「もうそこにはない」状態への移行を描いています。つまり「泣ける物語」の多くは、「喪失の物語」なのです。
 
・「泣ける」コンテンツには、不思議な力があります。死別、余命宣告、失恋、記憶喪失。本来なら避けたいはずの悲しみや別れを描いているのに、人はなぜか、それを求め、自ら進んで体験しようとする。
 
なぜわたしたちは悲しいものに惹かれるのでしょうか。なぜ「泣ける」ことが売りになるのでしょうか。しかも、それが作り話だとわかっていても、なお心を動かされるのはなぜなのでしよう。この問いをたどっていくと見えてくるのは、人が「感情そのもの」をほしがり、お金を出して買っているという事実です。
 
感情の「快不快」軸で見ると、「快」のエリアに分布していたのです。これは、わたし自身にとっても驚きでした。「泣ける」という体験は、「つらいこと」ではなく、「快い体験」だったのだと、はじめて腑に落ちたのです。
 
・泣けるコンテンツを観たとき、わたしたちは口では「悲しい」と言うかもしれません 。けれど、その実感の中身を丁寧に見ていくと、それは単なる悲しみではなく、「心が揺さぶられた」「何かが動いた」と感じられることそのものが、むしろ快として体験されていることがわかります。つまり、わたしたちが泣ける作品に惹かれるのは、感情が動くというプロセスそのものに快を感じているからなのです。
 
・最近の研究では、「感情の振れ幅が極端に狭くなっている状態」が、うつの本質的な症状の一つと考えられています。言い換えれば、人は感情が動くことではじめて「生きている実感」を得られる。 そして、その感情の動きがときに涙を誘い、ときに心を震わせ、「泣ける」というポジティブな体験になっているわけです。いるとわかります。 このように見ると、わたしたちは「感情がちゃんと動く」という快と報酬を求めているとわかります。「動く感情」は、生きることそのものなのです。
 
・わたしがある俳優の方から聞いた話では、俳優というのは役に没入しすぎてはいけないそうです。役に入りこむのは良いことですが、現実と同じくらいリアルにその役の人物を再現してしまう俳優は、結局名優ではないというのです。能の大成者・世阿弥は能を演じる人のための芸道書『花鏡』の中で「動十分心、 動七分身」という教えを残しています。
 
「心は100パーセント演じきっていても、身体の動きは7割にとどめよ」
 
つまり、すべて出し切ってはいけない。あえて抑えることで、観客がその余白に自分の感情を重ね、共感や感動を自分の中で育てることができる。そう世阿弥は説いて
 
・世阿弥は、「離見の見」という言葉も残しています。それは、自分の演技を舞台の外から、まるで客席の後ろから見るように「俯瞰する目」を持てという教えです。演者としての自分に没入するのではなく、どこかで自分自身を見下ろしているもう一人の自分を保つ。それによって、感情を暴走させず、伝わるかたちに整えるのです。感情は、直接ぶつけられるよりも、こらえた末に「にじみ出る」もののほうが、ずっと心を打つ。感情をどう見せるかには、絶妙な「距離感の演出」が必要なのです。
 

・「年齢とともに増えている経験の量や、感情の受け取り方の変化が感情の強度につながる」

 

・「好き」は静かに満たされる感情であり、「ほしい」は人を駆り立てる感情。

 

・期待とは予測との「差分」から生まれる。

 

・若者でも死は意識できる。だけれど、老いというものが想像できない。

 

・生成AIは、醜いものや、ネガティブなものを描くのが下手。なぜか?圧倒的に学習データが少ないから。

 

・答え合わせの快感=認知的斉合成理論=人は自分の認識や予測が現実と一致している状態に安心感を覚え、快さを感じる。

 

なーるほどなあ。φ(..)メモメモ 「涙活」ってあるもんね。やっぱり人間っていいなあ。オススメです。(=^・^=)