
ご縁がありまして、10月5日(土)朝6時〜の「朝6読書会」で津田梅子の話をすることになり、関連書籍を読みまくっています。その集大成がこの本。津田梅子の手紙を中心に紹介しているので、梅子の息吹がつたわるようだ。
予約不要、顔出しなしで参加できますので、よろしければ早起きしてご参加ください。
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ミーティングID: 886 3924 1948
「日本最初の女子留学生としてアメリカに11年滞在し、帰国後は生涯独身を通しつつ教育に身をささげ、津田塾大学を創設した津田梅子。日本における女子教育の先駆者となる梅子とその時代を描いた、読売文学賞受賞の伝記文学の傑作、緊急復刊」そのエッセンスを紹介しよう。
・1900年に津田梅子は、「 女子に専門教育を与える最初の学校」として、 たった十人の学生を迎えて女子英学塾を創設した。 大学に入学することが許されていなかった女性に、 津田梅子自身の教育理念に沿った専門教育を与え、 高等女学校の英語教員として、 経済的に自立できる女性の育成を目指す、 私立の高等教育機関として本学は出発した。
・女子留学生の学費は年間1000ドル。 当時の1ドルは1円から2円。 明治13年の日雇い労働者の賃金は、日給21銭。 明治19年の小学校教員初任給、月額5円。明治12年、 東京帝国大学授業料、年額12円。 明治4年から15年までの年額1000ドルの学費は、 一家を豊かに養える額である。
・津田梅子は、プリンマー大学で生物学を専攻し、 カエルの卵に関する論文を1894年英国の「 マイクロスコピカル・サイエンス」 誌にモーガン教授を共同で発表している。T・H・ モーガンは1933年、遺伝子の業績により、 ノーベル賞を受けている。
・彼は後年、梅子について、その才能と人柄を称賛し「 あの優秀な頭脳は、教育者として立つために、 生物学ときっぱり縁を切ったわけだ」と語った。
・「ああ、言葉だけがもっと簡単にとり戻せたら…… 私は手も足も縛られて、その上、耳も聞こえず、 口も利けないのです。 日本語は同じ内容でも6つも7つも言い方があるのに、 それを一度に覚えるなんて全く混乱してしまいます。 どこへ行くのにも通訳が必要で、散歩も買い物も、訪問も、 人力車に乗るのさえ、一人ではままなりません。 この都会は大きすぎます」帰国後一週間にして、 梅子は次第に苛立ち、不安と絶望に襲われ始める。彼女は生涯、 日本語に熟達しなかったように自分で思っているらしいふしもある 。
・ 多くの結婚はお互いに相手を何も知らない者同士で行われることを ご存知ですか。男性は何となく結婚したくて、 誰かに良い相手はないかと言います。 すると仲人は家族は両親の間に話を付けて見合いをすることになり ます。満足すれば婚約となり、間もなく結婚式です。 男性が女性を訪れもしないで、 どうして恋愛など生まれるでしょう。 男と女が交歓の機会を持てる社交界は全くないのです。
・我が家でもよくあることですが、 客は家族と一緒に食事はしません。 父の客のときは父だけが客と一緒に食事をとりますし、 私の客のときは、私と父だけが客と一緒に食べます。…… 社会を改革するなら、男女とも教育を受けるべきで、 教養を高めた双方が混じり合って意見を交換しなければ、 特に女には教育が必要です。
・捨松、繁子と三人で結婚について話し合いました。 日本では未婚の女はほとんど何もできないとしか言えません。 女には自由がなく、とくに未婚の女はひどいのです。 それから日本では姑というのが強大な権力を持っているんです。 それはこれやで、 私は普通の日本の女性がする結婚のための結婚はしないつもりです し、父も強要はしないと思います。
・当時の日本の食事では、 一家の主人の妻や娘が主人の客と同席して対等な形で同じ膳につく のではなく、給仕をしながらそばに待ったものだった。 こういうやり方がだんだん失われて、 女性の給仕という形ではなく、 男女の同席が普通になってきたのは、 やはり西欧の礼儀が導入されてからのことであろう。
・梅子は周囲を見渡して、 女性がきちんとした自分の生き方を主張するためには、まず、 何はさておいても経済的に自立することが先決であった。 いずれ男子と対等な地位を獲得するためには女子教育、 職業教育が必要なのだから、 自分の一生は今の時点で比較的世間に容認されている教師を育てる ために捧げようと決心を固めつつあった。
・プリンマーで生物学を専攻した梅子は、 人間学を生物学の一分野として考えていたのではないかと私には思 える。 もともと梅子は明治の農学者津田仙の娘として生物学に若い時から 興味を持っていた。顕微鏡の中に分裂するカエルの卵をみつめて、 梅子は何を思い描いていたか。彼女が後進のために基金を集め、 女性の未来を夢見るのと無関係ではなかった。このときもし、 梅子が大学に進められるままに生物学を続けていたら、 彼女は世界的な生物学者にならないでもなかっただろう。
・(大庭みな子)『津田先生は文才のある人なんだ』と思って、 すごく感心しました。やっぱり言葉で生きています、私たちは。 それで、やっぱし命が長い、言葉は。あの、やっぱり梅子先生が、 あれほど、力を込めて教えて下さったことは、 やっぱり言葉の命だと思いますので、 言葉というものの奥にあるもの、人間の命みたいなものですから、 そのことを考えて下さったら、あの、 梅子先生も本望だと思います。
やっぱり明治時代の偉人はすごいな。あの時代の変革の中に生きたってすごい。その空気を感じられる。超オススメです。(^^)

