
いや〜スゴイ、この本は、スゴイっ!!!今年のベスト3に入るだろうなあ。こんな出来事があってよいのか!?子どもの潜在能力ってスゴイんだなあ!!!
著者の星山(娘)は、小学校、中学校、高校に通わないことを選び、勉強も一切してこなかった。そして17歳の夏、とつぜん大学へ行こうと思い立った。九九もbe動詞もわからない、足し算、引き算から勉強をはじめ、12年間かけて学習するはずの勉強をわずか2ヶ月半で終え、志望大学に現役入学した。どんな育て方・育ち方をすれば、自己肯定のできる自律的な子どもが育つのか? 親子はどんなふうに過ごし、何を考えてきたのか? 不登校、子育てや親子関係、家庭教育、学校教育、オルタナティブ教育などについて、親と子それぞれの視点から書かれている1冊」そのエッセンスを紹介しよう。
・子どもは、小学校、中学校、 高校に通わないことを選び、 勉強も一切してこなかった。そして17歳の夏、 とつぜん大学へ行こうと思い立った。九九もbe動詞もわからない、足し算、 引き算といったところから勉強をはじめ、 12年間かけて学習するはずの勉強をわずか2ヶ月半で終え、 志望大学に現役入学した。
わたしたち親子がどんなふうに楽しく過ごし、 何を考えてきたのかが、 少しでもどなたかのお役にたつことができたら、嬉しい。
・ランドセルを背負って登校することをすごく楽しみにしていたわた しは、一年生になって早々、 小学校へ行くことをやめました。いざ通ってみると、 学校には不思議なことがそれはもうたくさんあって、 帰宅しては母親にあれはどうして、これはどうして、 と尋ねていたようです。
たとえば、入学してすぐ、 クラス全員の子どもたちにフラットファイルが配られ、 男の子には青、 女の子にはピンク色のものが用意されていました。
そのころわたしは青色がとても好きで(ピンクはきらいだった)、 なんでも青色を選んでいたのですが、 このときは自分で選ぶ余地もなくピンク色のファイルが配られまし た。わたしが女の子だったからです。
ほかにも、勉強や宿題に対する「なぜしなきゃならないんだろう? 」という定番の不思議。そういう不思議はどれも、 本来すごく自然なものです。それまで毎日楽しく気ままに遊んでいた子どもたちが、 6歳になったとたん、決まった時間に決まった学校へ行って、 決まった席について、チャイムの鳴るとおりに体を動かして、 出されたものを好き嫌いなく食べて、カリキュラムどおりに勉強する。
もしすぐに順応できるなら、 むしろ学校は必要ないような気がします。 不自然だとおもわないほうが、不自然じゃないでしょうか。 不思議におもう気持ちが言葉になって出てくるのか、 親に伝えられるのか、 それで学校に行くか行かないかということには個人差があるにして も。
・学校に行かないとどうなるかというと、 24時間まるまるを自分の好きなように使えることになります。まず朝、学校のために起きなくていいし、 学校へ行くために朝ごはんを食べなくていい。 起きたいときに起きて、食べたいときに食べて、 規則正しい生活も不規則な生活も、したければすればいい(こうしてみると、 なぜ学校が必要だとされているのかもわかりやすいです)。
そして子どもにとってなにより重大なのは、「勉強しなくていい」 ということだろうとおもいます。 勉強したくない、宿題したくないな、とおもっている子が、 したくないそれを全部しなくていいようになったら、 どんなに楽しいだろう。どんなにいきいきして、 勉強をしているときにはみせなかったとてつもない集中力で、 どんなことをするだろう。 興味のない数式や歴史を詰めこんでいた頭のなかを、 好きなことで埋めつくせたら。
なんでも、子ども自身が選んではじめて意味があって、 だから親が「 学校へ行かないかわりに塾や家でちゃんと勉強しなさい」 と強いることは、学校へ行くことと、 ほとんど変わりがないように、わたしには見えます。
・20時間で6年間の算数を終え、そのあとの数学(算数以上にチンプンカンプンだった)にかかった時間は、 それよりも短い12時間ほどでした。算数は独学でしたが、この2ヶ月半の期間で、 ほかの7教科の勉強もしながらまったく未知の数学も、 というのは悩みどころで、結局、 全8科目のなかで数学だけは塾で教えていただくことにしました。 バイト終わりに塾へ行って、1時間、 マンツーマンで教えてもらう。それが週1回で、全 12回。時間にすれば12時間です。
もちろん1週間のあいだに復習予習の時間もとりましたが、 きっと今まで受け持ったどんな生徒よりも低レベルだったわたしに 、丁寧に教えてくれ、 なおかつ自信を持たせてくれた先生の技量に感謝するほかありませ ん。なんだかすごい画期的な学習法を行ったとかではなくて、 ただひたすら、 丁寧に理解させてくださりました。そのおかげで、楽しいまま勉強ができたのだと、 いまあらためておもいます。この場を借りてお礼申し上げます。 本当にありがとうございました。
・想像力(創造力)は魔法みたいで、 そしてそういう魔法みたいな力を、ほんとは誰もが持っています。それで、その力がなににも脅かされることなく守られて、 軽快に 、強く、自然としていける場所だとおもっています。 わたしが好きなデモクラティックスクールというのは。
・ランドセルを背負って小学校に行く、 ということをしてみたかった娘は、 その日がくるのをワクワクしながら待っていました。 ところが入学式の帰り道。「学校ってふしぎがいっぱいやなあ」 と娘。 「ふしぎ?」「うん、ふしぎ。なんで男の子は青色で、 女の子はピンクなん?」「うーん・・・」「 なんでみんな決まってんの?」。「 なんで名前で呼んだらいけないの?」(苗字で呼ぶ決まり)。 彼女がとらえた本能的な感覚に、 わたしは考え込んでしまったのでした。
以降も、学校に行くたび、ふしぎさは増していきます。 クラスに教室、時間割。宿題、赤ペン、 花まるシール。筆箱の中味のチェック。自由に飲めないお茶。 自由に行けないトイレ。手のあげ方、 発言のしかた、席の座り方。給食の食べ方。友だちの呼び方。 表現の自由がないこと。 暑かろうと寒かろうと生徒だけは履かないといけない靴下に靴。 矛盾している先生の言葉、態度、など。 確かに刑務所そっくりです。娘がもった疑問は数知れません。 学校には行きつつも、学校とキョリをおいて、ふしぎにみえるその世界を、 ジィーと観察していたのでしょう。
・「学校ってこうすればいいのに」案 魅力的な学校とは?
担任の先生が尋ねます。「 まりんちゃんはどうして学校に来ないの?」「 魅力的じゃないから」「魅力的だったら来るの?」「うん、 魅力的だったら行くよ」「どんなのが魅力的かな?」「 えっとなあ」 と、順が答えだしました。 想定外の返事に先生はあっけにとられています。 わたしも軽く驚きつつも、 なんとかペンを取ることに間に合ったものです。6歳( 2002年)の娘はこう言いました。
・教室を、1年1組とか、2年2組とかで分けるのではなくて、 この教室は算数の部屋。こっちは国語の部屋ってふうに、科目で教室を分ければいい。
・算数の部屋に入るのは算数を学びたい子だけ。
・算数の教室はなん個かあって、各教室には先生がいてる。 算数を学びたいなっておもって算数を選んで、 どの先生に教えてもらうかも子どもが選べる。
・時間も一時間目とかじゃなくて、チャイムはないねん。 だから何時間でもやりたいだけ算数ができる。
・チャイムがなったらもうそこで終わりとかとちがうから、 読みたい本もずーっと読んどける。
・図工や絵を描いたりもそう。
・先生だけじゃなくて、いろんな人がいて、 いろんなこと教えてくれるねん。将棋やったり、 パソコンやったり、編み物やったり。
・入り口の人ったとこ(エントランス)に大きな掲示板をおいて、 今日はどんなクラスがあるのか。それがみんなの時間割。
・教えるのは先生や大人だけではなくて、 六年生の子が二年生の子に教えてあげたり、五年生の子が三年生の子に教えてもらったり、いっしょにしたりする。
・静かにする教室と、わいわいおしゃべりできる教室がある。
・教室、あんなにあまってるねんから。設備も整っているんだし。
・花の好きな子は花壇にいつだって行ける。 うさぎが好きな子だってうさぎに会える。
・運動場だって、いつでも使える。
・数学にいたっては12時間。教えてもらっていた先生は、 数学が大好きなブロフェッショナルな方で、 教え方が非常に秀でていたからではありますが、 それでもやっぱり言葉を失います。
7+8=? この足し算がわからなかった人が10時間後には、
0゜≦ θ ≦180°とする。tan θ =√3 を満たすθの値を求めなさい。を解いているんですよ。
その他、「自分のしたいことがわからなくなる仕組み」「カリキュラムとか、時間割とかがないのは、当たり前」「わがままはステキなこと」「勉強は遊び」「デモクラティックスクールは「なにもない」ところ」「『6歳になったら学校に行かせよ』とはどこにも書かれてていない」など。
いや〜スゴイ、すごすぎるっ!!!いいなあ。こんな子どもがどんどん登場したら日本が、世界が変わるよね。超オススメです。(=^・^=)

