酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「字幕屋のホンネ 映画は日本語訳こそ面白い」(太田直子)

そーいえば、映画はしばらく観ていないなあ。コロナの前からだから、5〜6年は観ていない。やっぱり観るんだっただら劇場で、吹き替えじゃなくて字幕がいいよね〜!♪
 
さてこの本。その字幕屋さんの裏側とホンネとは!?(・∀・)
 
日本の字幕は世界一クオリティが高い。ただし、吹き替えと比べて制限があり、せりふの内容を100パーセントは伝えきれない。だからこそ翻訳者の腕の見せ所。せりふは1秒4文字以内。「! 」や「?」に頼らない。平均千あるせりふをどう要約翻訳していくか。ハリウッド映画から中東映画まで、字幕屋の仕事を知れば、映画はもっと楽しくなる」そのエッセンスを紹介しよう。


・自慢するつもりはないが、日本の字幕はまちがいなく世界一クオリティが高いそもそも外国で字幕版の上映はあまりないと聞く。
 
・字幕の欠点は、せりふの内容を100%伝えられないことだ。字幕は、翻訳というより要約なのである。
 
・男「どうしたんだ」 → 「不機嫌だな」
 女「あなたが私を落ち込ませてるのよ」 → 「おかげでね」
 男「僕が君に何かしたか」→ 「僕のせい?」
 
・これまで何人もの「日本語に堪能な外国出身者」の和訳を見てきてわかってきたのは日本語の文章を書くうえで一番難しいのは性別や年齢や立場の違いを表すことばの使い分けらしい」ということ。とりわけ敬語や女言葉は難題のようだ。同じ登場人物のせりふでもばらつきが見られる。
 
「〜させていただく」は、奥ゆかしく美しく正しい敬語のはずなのだが、近ごろ多用されすぎている気がする。させていただきたがる人々」の激増が気にかかる。若いタレントに多い。なんでもいいからとにかくへりくだれと事務所から教育されているのだろうか。
 
・「フィルム(映像)はまだ届いていないけど、台本が来ているんだから翻訳できるよね。んじゃ、フィルムが届いた二日後に字幕入りの試写するから」できねーつーの!つい言葉が乱れてしまうが、とにかくそんなことは不可能なのだ。「翻訳」は可能かもしれないが、「字幕」はつくれない。なにしろ台本だけでは、せりふの長さ(時間)がわからない。ゆっくりしゃべっているのか早口なのか、状況によって長さは変わってく、長さがわからなければ字幕も決められない。それに、台本に書いてある登場人物の名前だけでは、年齢も性格も立場も、ときには性別すらわからない。
 
この仕事をし続けてよかったと思える効用のひとつは、さまざまな価値観が世界に存在することを、理屈ではなく体感として経験できたことだ。要するに、世の中んでもありだとわかり、少々のことには動じなくなる。離婚や中絶や死や心の病や一家離散などあたりまえ、戦争もテロも宗教対立も死後の世界もクーデターも弾圧も暴力もマフィアの抗争も天災も、日常茶飯事。たとえ架空の話でも、凄惨な悲劇に見舞われた人物に深く感情移入し寄り添うことになる「もしこれがわが身のことだったら」と想像し感じるには、映画や小説が力を発揮するのではないだろうか。

 

映画の見方が変わるね。けっこう大変なんだね。オススメです。(・∀・)