酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「日本の女が好きである」(井上章一)

 
いや〜!福岡の女性は、若い、細い、キレイな人が多いね〜!!!この土地柄かもしれないけど、マスクをとってほしいなあ。(笑)
 
長渕剛の歌じゃないけど、やっぱり『男は女が必要さ』だよね〜!♪

「賛否の両論を巻き起こした問題の書『美人論』から17年。再び挑む、美しい人とそうでない人の研究。なぜ日本人は、女性のうなじや脚首に魅力を感じるのか?小野小町はほんとうに「美人」だったのか?不美人ほど不倫をすると言われた理由は?「秋田美人」「新潟美人」が生まれた深い事情とは?ミス・ユニバースK-1の共通点とは?」
そのエッセンスを紹介しよう。
 
・「女性」という言葉がある。「じょせい」と読む。「男性」と対になって、よく使われる。女のひといっぱんをさす日常語だといえる。しかし、江戸時代に「女性」という言葉はない。「にょしょう」である。仏教者は、しばしば女のことを「女性(にょしょう)」と言っていた。「じょせい」とよびだしたのは、幕末からだろう。ラテン語系諸語の文法用語である「女性名詞」と「男性名詞」を、日本語に翻訳する、その都合で「女性(じょせい)」「男性(男性)」という言葉は浮上した。もちろん、たいていの人々は、ラテン語系諸方の文法とは、無縁なままに暮らしている。だから「女性」もようやく普及しだすのは、大正期、それも1920年代からだろう。
 
1920年代には、「女性」と銘打った雑誌が増えだした。『女性同盟』(1920)『女性』(1922)など。それ以前に「女性」をつかった雑誌はない。女の人が読む雑誌の多くは「婦人」でしめされていった。『婦人界』(1902)「婦人画報」(1905)などである。1920年代は、その意味で「婦人」から「女性」への移行期だったと、言えるだろう。
 
美人といえば、秋田か新潟この両県が圧倒的に話題の中心となる。地元でも、その評判は自覚しているらしい。秋田県角館市の道路標識、この街美人多し、注意されたしー角館警察署」、新潟でもちぢみの里は美人多し わき見運転事故のもとー小千谷警察署」と。
 
 
えっ!?新潟美人っていうコトバあるの!(笑)やっぱり「博多美人」だよね〜!オススメです。( ^∀^)