酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「もう一杯、飲む?」(岸本佐知子 他)

 
【エリックの真鍮の鐘】(岸本佐知子
 
・大学を出てから六年半、洋酒メーカーに勤めていた。そのあいだに、おそらく私は25メートルプール三杯ぶんくらいのさまざまなアルコールを体に入れていたのでないかと思う。あのころは毎週のように「カフェバー」や「クラブ」や「プールバー」や「オーセンティックバー」が東京のどこかで新規開店している、私たちは誰よりも早くそういう店に大挙して攻め入っては二時三時まで飲んだくれ、帰りは毎晩タクシーだった。飲み代もタクシー代も「業務調査」の名目でぜんぶ会社もちなんと太っ腹だったのだろう。あれだけ社員に脛をかじられても潰れなかったあの会社はすごいと思う。これ、いま言っても誰も信じてくれないのだが、青山通りに面して「うんこや」という小洒落たダイニングバーが確かにあったのだ。命名したのは秋元康で、箸置きがスタイリッシュに抽象化された巻きグソの形、客はマイ箸をキープするというシステムだった。行きたくないなあと思っていうるうちに、すぐになくなった。
 
横浜のある夜、誰かの行きつけの「Eric Jast Stand」という山下町のバーに行った。カウンターに真鍮でできた、鐘のようなものが据え付けてあり、レバーを引くとカーン!と澄んだ音がする。このカーン!を鳴らした人は自腹で店にいる全員(エリック含む)アクアビットを一杯おごらなければならず、おごられたほうは必ず飲み干さなければならないというルールがあった。そんなの鳴らさなければいいじゃないかという理屈は酔っ払いには通用しない。思うそばから手が勝手に動いてレバーを引いてしまう。カーン!カーン!そのたびに度の高いアクアビットを喉に放り込む。
 
あの店をどうやって出て、どうやって帰ったのか、いまだにわからない。全員が二度ずつぐらい死んだ。全員が何らかの体液を垂れ流していた。今までの人生であんなに酔っ払った夜は後にも先にもないもしかして、あの夜本当に自分は死んでしまって、いま生きているつもりでいるのも全部気のせいなのかもしれないな、ときどき思う。
 
「冬の水族館」(角田光代)「陸海空 旅する酔っぱらい」(ラズウェル細木)「奇酒は貴州に在り」(小泉武夫もいいなあ。
 
バブル全盛ってあんなカンジだったよね〜!懐かしくて思い出せない。(笑)オススメです。(・∀・)