酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「事件現場清掃人 生と死を看取る者」(高江洲敦)

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先日紹介した特殊清掃の高江洲敦さんの本。すごかったねえ……。
 
この本はその第二弾。直面するのが、読むのがツラいんだけど、グイグイと惹き込まれる。

東日本大震災、度重なる災害、そして新型コロナ禍…不安と孤独に蝕まれる現代の日本で、心ならずも倒れた部屋の主たち。その"痕跡"から見えてくる、壮絶な生と死と、愛の物語。閲覧注意!本物の“事故物件"の間取り図・写真を多数掲載!」そのエッセンスを紹介しよう。
 
この10年の変化がもたらしたもの、それは人々の「孤立」だと私は思います。経済不安の中、社会に居場所を見いだせない人が増えています。SNS上の表面的で脆弱な関係で人々はつながるようになり、直接的なコミュニケーションは希薄になりました。少子高齢化には歯止めがかかりません。特殊清掃の現場には、そういった世相が色濃く反映されています。
 
・本書には、さまざまな特殊清掃の現場の様子が記されています。描かれているのは、ひっそりとこの世を去った人々の記録であり、その意味での本書の真の主人公は、特殊清掃の現場に住んでいた故人なのです。そして何より、この10年で私自身で大きく変わりました。さまざまな特殊清掃の現場を体験する中で芽生えてきた、故人の声なき声を伝えるという使命感。それが本書を執筆する大きな動機となりました。ページをめくればきっと、あなたにも故人たちの声が聞こえてくるはずです。
 
・数多くの現場を経験した今も、まったく馴れることができない作業があるのです。それは、その家で亡くなった故人が死の際まで大切にしていた遺品の整理す。こういったものに触れるとき、私はいつも身の引き締まる思いがします。それは故人が生きている間に何を思い、考えたのかが伝わってくるからです。それまでどのように生きてきて、どのような状況の中で死んでいったのか。
 
「死者のエネルギー」のようなものは、たしかに存在すると感じています。たとえば一人暮らしをしていた人が亡くなったとします。その人が病院で亡くなった場合と、自室で亡くなった場合とでは、なぜか部屋から受ける感じがまったく異なります。そこには、死の間際の故人の想いが残っているような気がするのです。
 
死に方とは同時に生き方であり、死を語ることは生を語ることです。3000以上の特殊清掃の現場の一つひとつが、まるで鏡のように、私たちの生きる現代社会の真実の姿を映し出しているように感じるのです。
 
「遺書に残された「謝罪」と「恨み」」「児童養護施設コガモの家」」「孤独死のない社会をめざして」など。
 
ショッキングな内容と写真だけど、この事実を多くの人に知ってもらいたい。オススメです。

 

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