東日本大震災からちょうど10年だね。あの時はホントすごかった……。ビルの10Fにいたんだけどビルごと倒れるんじゃないかと思った…。書けば長くなってしまうけど、さてこの本。
「遺書は書けなかった。いやだった。どうしても、どうしても――。あの日福島県に向かう常磐線で、作家は東日本大震災に遭う。攪拌されるような暴力的な揺れ、みるみる迫る黒い津波。自分の死を確かに意識したその夜、町は跡形もなく消え、恐ろしいほど繊細な星空だけが残っていた。地元の人々と支え合った極限の5日間、後に再訪した現地で見て感じたすべてを映し出す、渾身のルポルタージュ」そのエッセンスを紹介しよう。
・道路も、町並みも、なにもかもが酷い有様だった。 道路はひび割れ、 ところどころがスプーンの背で押し潰したように陥没している。 電線はちぎれて地面へ垂れ下がり、 家々の屋根から落ちた瓦が路肩で砕けて山になっている。 ブロック塀は粉々に崩れ、電柱が六十度の角度に傾いている。 目に映る光景が、ショッキングすぎてうまく脳で処理されない。 絶え間ない余震に足元がふらつき、 いつまでも地を踏む感覚が戻ってこなかった。
・「俺の家、沈んじまったなあ」町を見下ろしていた男の人が、 泣くでもなく声を荒げるでもなく、 夢を見ているようにぽつりと言った。
・それぞれが見てきたもの、感じたことを語れば、 すぐに誰かの死や恐ろしい虚無に行き着いてしまう。
・蝋燭一本で、持ちこたえている教室に戻ると、 携帯を手に何度か外へ出た。一体なにが起こっているのか、 とにかく情報が欲しかった。いくら試しても、 やはりメールも通話もネットも使えない。校庭には、 避難してきたのだろう百台近くの車が並んでいた。停電のせいで、 星が恐ろしいほど見えた。オリオン座が、 その内側に含んだ等級の低い星まで見事にくっきりと光っていた。 繊細な星空に目を奪われた後、なにげなく海の方向を見て、 鳥肌が立った。なにもない。 そこが水なのか地面なのかすらわからない、 平坦な闇がどこまでも彼方まで広がっていた。だって、 そこには住宅地があったのだ。電車が通り、 たくさんんお車が走って、商店がつらなっていた。 そこに広がっていたのは、 血の通った人間の町を根こそぎ引き千切った後に残る、 目が潰されるような暗闇だった。
・「おれは家に残る。おれらの世代はな、 ずっと家や土地を守れって教えられてきたんだ。それに、 こんな足で、若いものが逃げる足手まといになるのも辛い。 この年で、まったく知らないところへ逃げるのも辛い。 放射能ったって、おれは置いてもらった方が楽なんだ」
・朝食はおむすびが一つとスプーン二杯ほどのもやしの和え物、 苺が四分の一子だった。テレビによれば、 ろくに食べ物がない避難所もあると聞く。 食べさせてもらえるだけありがたい。
・福島駅前で、私は車を降りた。本当にお世話になりました、 ご恩はずっと忘れません、と頭を下げる。ショウコさんは笑って、 「恩なんて考えないで、むこうに帰ったら、 こっちのことはきれいさっぱり忘れていいよ。 しんどい記憶ばかりで、思い出すの辛いでしょう」こんな、 生命を拾って貰ったに等しい恩を、忘れられるわけがない。
・「解体撤去」の紙が貼られた玄関の板壁には、 黒のマジックで丁寧な字が大きく書き込まれていた。『カタフチ家 築百年 長い間、お世話になりました』別れの言葉のそばには、箒( ほうき)が三本、きちんと並べて立てかけられていた。
いやあ……リアルだ。ナマナマしい表現力に映像が浮かぶ。震災のことを忘れているなあ。これであらためて防災意識を高めたいよね。オススメです。(・∀・)