上岡龍太郎が引退して久しい。この本を読んで、付録CD・「上岡流講談『ロミオとジュリエット』」を聴いて間違いなくこの人は天才だと思った。
「芸は一流、人気は二流、ギャラは三流、恵まれない天才、上岡龍太郎です」 ラジオ、漫談、上岡流講談、演劇、テレビ…上岡龍太郎の“芸"とはいったいなんだったのか。上岡龍太郎自身をはじめ、現場関係者の証言を通して描き出す一代限りの話芸の真髄。そのエッセンスを紹介しよう。
・上岡龍太郎は、平成12(2000) 年4月に芸能の世界から引退した。 辛口の社会風刺と流麗な独特のリズムのある語り口で独自の芸境を 確立し、おもに関西を中心に活動した上岡は、昭和62( 1982)年『鶴瓶・上岡パペポTV』(読売テレビ) のブレイクをキッカケに全国区のタレントとして引退するまで活躍 する。その多忙な中が自らの、ほとんど趣味的( 費用のかけ方も含めて)といっていいぐらいの努力で、 自らの芸への、新たな研究、挑戦、確立に余念がなかった…… としか思えない動きをしている。
・初期には同業の仲間たちを集め一人芸の発表の場として「 ピンの会」を主宰。その後は「上岡龍太郎ひとり会」 という話芸勉強会を開催した。それらの果実は「上岡龍太郎劇団」 〜「変化座」へとつながる演劇活動、知的な漫談講演、セミナー、 独演会、朗読芝居やその他の話芸であった。 それらに加えて本業であるDJや司会、 辛口の漫談家としての活動も特筆されるべきであろう。
・しかしながら、 あれだけ活躍をした人気タレントにもかかわらず、 まったくといっていいほど、 彼の芸そのものの評価や記録らしきものはないに等しい。「 芸人は、賞められなければ腐る」 上岡龍太郎の引退劇で痛切に思った。 TVに於けるキャラクターそのままの韜晦(とうかい) 的なコメントを撒き散らして彼は引退という形をとった。 58才、芸歴40年、 功成り名を遂げた芸人であり人気タレントであった。
・タレント・上岡龍太郎の芸そのものが、いかに文化的で、 特異で、ユニークなものであったのか。 上岡龍太郎の証言はもとより、 関係者各位のインタビューや資料を交えながら、芸そのものを、 少しずつ可能な限り文章として再現し、記録、 研究してゆきたいと考えている。
・「あれは誰に習ったんかな?句読点で、朗読を切るのでも〈。〉 のところで普通は息を吸って止めるけれども、 それは止めない方がいいとかいうのはね……。だから今、 読んでいるのは、もう既に目に入って、 脳で咀嚼したもんですから、過去のもんを口に出してるだけで、 目は先に行ってるんで、何行かは先を見てるから…… いっこく堂のズレるしゃべりみたいなもんで……(笑)、 あれが逆に出来ない人の方が、不思議で…… それが出来るからなァ、金田正一投手が、「 真ん中へ投げればいいんですよ!」みたいなもんかな……」
・この間ね、霧島ー今の陸奥親方としゃべってて「上岡さん、( 仕事を)やりたくないですか?」「いや〜 ぼくはもうまったくやりたくないし、 ようあんなすごいことをやってたな、 もう今のぼくではできひんなと思う」と言うたら、霧島は「 私は相撲を辞めた明くる日から思た」と。「よう、 あんな相撲をとってたな。怖い」と。掛布(雅之)ちゃんもね、 引退した明くる日に野球をネット裏から見てて「 ようあんな球を打つなあと思たという」
・「横山ノックを天国へ送る会」での献杯における弔事。 このときの上岡龍太郎は、 愛情あふれる言葉の数々をゆっくり丁寧に、 しかも一定のリズムをもって語りかけた注目すべきはその内容であ る。上岡の横山ノックその人への個人的な想い、そしてその経歴、 さらに感謝の言葉で締めくくる。 語りがすすむにつれて1000人を超える参列者から、 ほのかな笑いまで醸し出された。 上岡を笑いの世界に誘った笑いの師であり、 そして生涯における最高の相手役でもあった横山ノックに対する個 人的な心情と話術が合致した。それは文学であった。 このときの語りはいずれ伝説にもなろう。
横山ノックへの弔事
このときの上岡の語りには、 井原西鶴から織田作之助にまで見られる物事を饒舌に列挙して語る という大阪文学の特徴までも垣間見えた。 これが上岡龍太郎という話術家が、世の中に問うた最後の芸( 人間の奥底から浮かび上がるもの)であったと私は考える。
・「私が上岡龍太郎です。芸は一流、人気は二流、ギャラは三流、 恵まれない天才、上岡龍太郎です」というくだりは、 上岡龍太郎という人の芸に呈して実に言い当てたフレーズだと思っ ている。上岡龍太郎の話術は天才的であった。 その当意即妙に世相を斬るセンスや、流麗な話芸、そして、 他に類を見ない独自の皮肉に満ちたインテリジェンスを感じさせる 世界観……上岡龍太郎の話芸は特別だった。
横山ノックへの弔事は泣ける……まさに名人芸だね……。惜しい人だったなあ……よくこの本を残してくれた。感謝。超オススメです!(・∀・)