一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「夢を食いつづけた男 おやじ徹誠一代記」(植木等)

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夢を食いつづけた男――おやじ徹誠一代記 (ちくま文庫)

夢を食いつづけた男――おやじ徹誠一代記 (ちくま文庫)

 

この子にしてこの親あり。この親にしてこの子あり。っていうよね。クレイジー・キャッツのメンバーの植木等の原点はこの親にあったのだ!

 

「俳優・植木等が描く父の人生。義太夫語りを目指し、やがてキリスト教の洗礼を受けたと思ったら、後に浄土真宗の住職に治安維持法違反で投獄されても平和と平等のために闘ってきた人生」そのエッセンスを紹介しよう。

 
・昭和58年夏、鎌倉の円覚寺で、おやじ植木徹誠(てつじょう)について「支離滅裂」という講演をした。おやじの人格と人生は、思い起こせば確かに「支離滅裂」なのである。若い頃、おやじはキリスト教の洗礼を受け、神の下僕となった。ところがその後、僧籍に入り、仏弟子となった。しかもその間、社会主義者として労働運動、部落解放運動の真っ只中に飛び込んでいったのである。真宗僧になってのち、おやじは昼間、お年寄りたちに地獄・極楽を説き、日が暮れてからは若者たちを集めて社会主義革命を説いていたそうだ。人間平等、部落解放、戦争反対を主張して、幾度となく検束され拷問を受けても、おやじは血を流しつつ節を曲げなかった。いつども、どこでも、おやじは信じるところを叫んだ。その生き方は無垢な求道者そのものである。
 
その半面、おやじは石部金吉ではなかったし、生身の人間との接触を嫌って人無きところで名言卓説を吐く砂漠の聖者でもなかった。それどころか、プロの義太夫語りになりたいと思いつめて煩悶したり、色恋に涙したりする、いわば蕩児でさえあったおやじは人生の楽しみを味わい尽くそうとしたと思う。一見支離滅裂」な言動に、貧しい、弱い、生身の人間に対する共感、という強靭な一筋の糸が通っていたことを、私は近頃、しみじみ感じているのである。
 
・おやじが若い頃、義太夫語りになりたいと私の祖父、和三郎に願い出たように、私も両親にプロの芸能人になりたいと申し出た。練りに練ってきた殺し文句をおやじに言ってみた。坊主は死んだ人間を供養する。芸能人は生きた人間を楽しませる。この俺は、生きた人間を楽しませたいから芸能界に入る」おやじは檀家の人たちに「私の仕事は死人を供養することだけでなく、生きている人びとの良き相談相手になることです」と挨拶した。私の殺し文句は、このおやじの台詞の線に沿っている。ところが、おやじは一喝したのである。「生意気をいうな。この馬鹿野郎」おやじは「この東響でさえプロの義太夫語りは断念したのに、等ときたら生意気な」という気持ちもあったと思う。
 
・「『スーダラ節』の文句は真理を突いているぞ。あの歌詞には、親鸞の教えに通じるものがある。わかっっちゃいるけど、やめられない。ここのところが人間の弱さを言い当ててている。親鸞の生き方を見てみろ。葷酒山門に入るを許さずとか、肉食妻帯を許さずとか、そううことをいろいろな人が言ったけれど、親鸞は自分の生き方を貫いた。おそらく親鸞は、そんな生き方を選ぶたびに、わかっっちゃいるけどやめられない、と思ったことだろう。うん、青島君は、なかなかの歌詞を作った
 
すごいなあ。ワタシもいつか父のことを書くときがくるかもしれない。オススメです!(・∀・)♪

 

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夢を食いつづけた男――おやじ徹誠一代記 (ちくま文庫)

夢を食いつづけた男――おやじ徹誠一代記 (ちくま文庫)