一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「師匠 歌丸 背中を追い続けた32年」(桂歌助)

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師匠 歌丸  背中を追い続けた三十二年

師匠 歌丸 背中を追い続けた三十二年

 

子どもの頃から笑点を見ててイチバン好きな落語家はむかしから桂歌丸だった。もう亡くなって一年になるんだねえ…。

 

さて、この本、歌丸師匠の初の直弟子桂歌助さんはナント!十日町出身!しかも東京理科大学出身!が描く師匠と歩んだ落語家人生。師匠としての桂歌丸の姿が、いまはじめて明かされる。「笑点」の歌丸とは違った素顔の歌丸とは?そのエッセンスを紹介しよう。


・現在、落語家は全国で約800人いる。日本で800人ということはつまり、世界中で800人しかいないといういことだ。生息数は絶滅危惧種となっているマウンテンゴリラより少し多いぐらいだ。講談や浪曲など寄席芸の人口が減っていく中で、落語家だけは増え続けている。落語家が弟子をとる場合、各界と違って、ひとりいくら、と協会から育成金をもらえるわけではない。「自分がそうされたから」「落語を後世につなげる」という目的で弟子をとり、育てる。完全なボランティアだ。血のつながりのない弟子を育てるのだから、当然悩みや葛藤も生まれる。本書は、偉大な「師匠・歌丸」の背中を永遠に置い続けていくわたしの成長の記録でもあり、師匠の弟子であることの誇りを表明したものである。


歌丸の弟子は上から歌春、わたし、歌若、歌蔵、三代目枝太郎の5人。そんななかでおかみさんに入門を直訴したのはわたしだけだった。まるで与太郎のようだ。


歌丸は昔の「笑点」を見ながら、あのときの回答はどうだったか、どうすればもっと笑いをとれたのか、ほかの師匠方とのバランスはどうかなど、自分で自分を分析していた。それはものすごい集中力で、頭をフル回転させている。だから、わたしの話など耳に入ってなかったのだ。


歌丸はわたしに「三編言ってもダメならもう何も言わないよ」とつねに言っていた。わたしは一遍だけ言われたことはできない。二編目もダメだったことは多いけど、三編目にはなんとか帳尻は合わせた。ボクサーで言うタイトロープ防衛みたいなもので、なんとかギリギリのところで踏みとどまった。


歌丸の落語を聴いた方はわかるのだろうけど、歌丸の噺は調子が独特だ。滑舌がよくてよどみがない。話のひと息が長い。そのまま真似しようとすると途中で息切れするぐらいだ。最初から最後までテンポが同じで、お客さんをそこに誘って最後まで乗せていく。聴いていて心地よい。真似しようしても、息継ぎの回数が少ないので、苦しくなってできないのだ。歌丸をモノマネする芸人にがほとんどいないのも、息継ぎが少ないしゃべり方を真似するのが難しいからかもしれない。


・「この世界、いろんな人がいます。わたしはいつも『ほめる人は敵と思え、叱る人は味方と思え』叱ってくれるというのは、あなたのことを思ってのことです。お客さんでもほかの師匠でも、叱ってくれる人のことを大切にしなさい」



「理不尽な言いつけに対してはシャレで返せ」


「酒を飲んでいる席で落語をやるな」ということ。寄っている人の前でやると「間が狂うから」がその理由だ。


「『笑点』はアルバイト、本業は高座」


「うまい落語家になることはない。おもしろい落語家になれ」

「埋もれていた噺を掘り起こす」というのが歌丸のライフワークである。まさにそれが神業なのである。「江島屋」「牡丹灯籠」「真景累ケ淵」(しんけいかさねがぶち)「乳房榎」と、これまで圓朝のネタをここまで手がけた落語はいない。圓生がやらなかかった噺を完成させたこともあった。



・わたしが歌丸にできる最大の恩返しはなんだろうと考える。芸を磨くこと、そしてその芸を次の世に残すことだ。歌丸の愛情はわたしを甘やかすためのものじゃない。ぜんぶ芸のためのものだった。歌丸の背中は遠い。わたしが入門したとき、歌丸は48歳だった。わたしはすでにその年齢を超えた。でも、そのころの歌丸に到底かなう気はしない。それでもわたしは追いかけ続ける。少しでもその背中に近づけるように。


・噺のまくらで「師匠の趣味は入院で、特技は退院」などとやっているが、病床に伏している歌丸を見舞って、2017年末ごろから内心では「シャレにならない」なあと思うようになってきた。ただでさえ痩せているのに、さらに痩せて、酸素吸入器が手放せなくなった。だが歌丸はまるで不死鳥のようによみがえった


なぜ歌丸は何度も復活するのか。それはひとえに「再び高座で落語をやりたい」という執念だけだと思う。死に神も追い返すほど歌丸の落語に対する思いは強い。これはどんな落語家でもかなわないだろう。弟子から見れば歌丸「落語病」だと言える。それも重度の、だ。寝ても冷めても落語のことしか頭にない。病室の枕元に置いてあるのは、落語の祖、三遊亭圓朝全集であり、録音を聴くためのカセットテープだ。見舞いに行くと誰々の落語をこくいう風に演じてみたいなど、芸のことばかりだ。芸の虫「落語病」に取りつかれている。身体は衰えても気持ちは真っ直ぐに進んでいる。


その他、古今亭今輔「ラーメン屋」三笑亭笑三「切手を貼らずに手紙を出す方法」桂米朝「地獄八景」など。

 

来月、歌助さんの落語が聞けます、会えます、楽しみです。落語家の世界ってスゴいね。師弟愛っていいね。オススメです。(・∀・)

 

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師匠 歌丸  背中を追い続けた三十二年

師匠 歌丸 背中を追い続けた三十二年