一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「山怪 参 山人が語る不思議な話」(田中康弘)


山怪 参 山人が語る不思議な話


その昔、新潟の松之山の生家の上の山が怖かった。堤といわれる沼がある。そこの脇が特に怖い。何かが「おいで、おいで」をしているようで引き込まれそうになったことが何度かある。その脇に咲いていたユリの花の香りが忘れられない。(>_<)


さてこの本。「高度なテクノロジーが支配する現代に、原初的な恐怖を掘り起こし、 新たなる遠野物語として社会現象になった「山怪」を体験せよ!山で働き暮らす人々が実際に遭遇した奇妙な体験の数々。 ベストセラー『山怪』の第三弾が現る!山岳、怪談、民俗学・・・・・・。 領域を超えて拡散する「語り」の魔術」そのエッセンスを紹介しよう。



・東北地方のある農家。築200年ほどの古民家。家の外は山でありが、家の中も山とあまり変わらない空気が満ちていた。もちろん現代の山里の家は高気密であり、まどを締め切ってエアコンを入れれば都心のアパートと何ら変わらない。それに比べると、昔の山人は家の中でも濃厚な山の気配に包まれていたのだろう。家の外は山、家の中も山……。


・何が一番山で怖いのか山人に尋ねると、東北のマタギは雪崩と答える人が圧倒的に多い。つまり「自然が一番おっかねえ」と考えているのだ。これに対して、雪のない所の猟師からはそのような返答「自然が一番おっかねえ」はほとんど聞かれない。銃を持っていれば獣は怖い存在ではない。「世の中で一番怖いのはやっぱり人間だ」と言うのである。


熊や雪崩は具体的な存在で怖い。それに比べると山怪は具体的ではなく存在すら不安定。だからこそ怖いとも言える。怖くて仕方がない。自身が山人でなくて正直ほっとしている。


・斉藤さんの近所で一人の老人の姿が急に見えなくなったことがある。集落中総出で探したがなかなか見つからない。しかし誰も慌てる様子はなく……「まあ、そのうち帰ってくるべ」それから三日後、件の老人は発見された。「山さ行ったみたいだったけどもなあ、怪我もしていねえし、汚れてもいなかったよ」彼がどこにいたのかは結局誰にもわからないままである。この方はいわゆる認知症ではなく、しっかりした人だったそうだ。


・「山さ入る時はかならず山神様に手を合わせて入るんだ。いつも猟さ行く時、途中さ祠があるんだよ、山神様のな。そこを超えたらもう山言葉しか使ってはいけねえのさ」山言葉とはマタギたちが猟で山へ入った時に使う特殊な言葉で、マタギ以外には聞かせてはいけない。またうっかりマタギが山中で里言葉を使えば水垢離(みずごり)を取らされたという。つまりマタギたちは人の支配する世界と山神様の領域をはっきり区別していたのである。


やっぱり大自然って、山ってなにかがあるんだね。いるんだね。3冊とも必読!超おススメです。( ̄▽ ̄)



山怪 参 山人が語る不思議な話




「山怪 山人が語る不思議な話」(田中康弘)
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20161124

「山怪 弍 山人が語る不思議な話」(田中康弘)
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20181029