酒場のギター弾き 小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え」(岸見一郎)

 


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え


ここ数年よくきくのがアドラー心理学。関連書籍を断片的に読んできたけど、おもしろいよね。(・∀・)


世界的にはフロイトユングと並ぶ心理学界の三大巨匠とされながら、日本国内では無名に近い存在のアルフレッド・アドラー。「トラウマ」の存在を否定したうえで、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善していくための具体的な方策を提示していくアドラー心理学を、哲学者と青年の対話篇形式によってその思想を解き明かしていく」そのエッセンスを紹介しよう。


世界はシンプルであり、人生もまたシンプルです。世界は複雑なものではなく「あなた」が世界を複雑なものとしているのです。人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味付けをほどこした主観的な世界に住んでいます。問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか、なのです。


アドラー心理学では、過去の「原因」ではなく、いまの「目的」を考えます。ご友人は「不安だから、外に出られない」のではありません。順番は逆で「外に出たくないから、不安という感情を作り出している」と考えるのです。アドラー心理学では、トラウマを明確に否定します。


「怒りに駆られて、大声を出した」のではない。ひとえに「大声を出すために、怒った」のです。つまり、大声を出すという目的を叶えるために、怒りの感情をつくりあげたのです。怒りとは出し入れ可能な「道具」なのです。


人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである。個人だけで完結する悩み、いわゆる内面の悩みなどというものは存在しません。どんな種類の悩みであれ、そこにはかならず他者の影が介在しています。


・自らの劣等コンプレックスをコトバや態度で表明する人、「AだからBできない」といっている人は、Aさえなければ、わたしは有能であり価値があるのだ、と言外に暗示しているのです。


アドラー心理学は「所有の心理学」ではなく「使用の心理学」です。「なにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか」です


あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むことーあるいは自分の課題に土足で踏み込まれることーによって引き起こされます。課題の分離ができるだけで、対人関係は激変するでしょう。


自由とは、他者から嫌われることである。他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり自由になれないのです。


・他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを共同体感覚といい、幸福なる人間関係のあり方を考えるもっとも重要な指標なのです。アドラーは自らの述べる共同体について、家庭や学校、職場、地域社会だけでなく、たとえば国家や人類など包括したすべてであり、時間軸については過去から未来までも含まれるし、さらには動植物や無生物までも含まれるとしています。自己の執着を、他者への関心に切り替えていくのです。


・自分にしか関心を持たない人は、自分が世界の中心にいると考えてしまいます。こうした人たちのすべての他者とは、「わたしのためになにかをしてくれる人」でしかありません。ところがその期待が毎回満たされるわけではありません。なぜなら「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」のですから。


・所属感とはただそこにいるだけで得られるものではなく、共同体に対して自らが積極的にコミットすることによって得られるのだと考えます。「人生のタスク」に立ち向かうことです、。つまり仕事、交友、愛という対人関係のタスクを回避することなく、自ら足を踏みだていいく。「この人はわたしにないを与えてくれるのか?」ではなく「わたしはこの人になにを与えられるか?」を考えなければならない。それが共同体へのコミットです。


アドラー心理学では子育てをはじめとする他者とのコミュニケーション全般について「ほめてはいけない」という立場をとります。ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という傾向が含まれています。背後にあるのは操作です。人はほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成しているのです。大切なのは、他者を「評価しない」ということです。


・人は感謝の言葉を聞いたとき、自らが他者に貢献できたことを知ります


他者のことを「行為」のレベルではなく、「存在」のレベルで見ていきましょう。人は生きているだけで誰かの役に立っているし、生きているだけで自らの価値を実感できるのです。まずは他者との間に、ひとつでもいいから横の関係を築いていくこと。


・われわれは「わたし」という容れ物を捨てることもできないし、交換することもできない。しかし、大切なのは「与えられたものをどう使うか」です。「わたし」に対する見方を変え、いわば使い方を変えていくことです。


「肯定的なあきらめ」=「変えられるもの」と「変えられないもの」を見極めるのです。「明らかに見る」のです


他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないことです。わたしはただ「わたしがどうするか」だけを考えればいいのです。


「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わければ、迷うことはないし、なにをいてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。世界とは、他の誰かが変えてくれるのではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえないのです。


名言だらけだね。現代版「ソクラテスの弁明」だ!アドラー心理学をもっと学んでみよう。超オススメです。(・∀・)


 


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え