「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「スイカの丸かじり 12」(東海林さだお)

 


スイカの丸かじり (文春文庫)


久しぶりに東海林さだおさんの本。いいねー!リラックスするねー!(笑)


「あんかけで人は優しい気持ちになる、メニューにいるとホッとする肉じゃが終戦記念日に食べるすいとん、居酒屋チェーンの若者化についてゆく法。まさかのギョウザバーガーに挑戦し、レバーフライにフライ好きの血が騒ぐ。買いだおれ覚悟の「おかず横町」で全身おかず人間に…。好奇心いっぱいの丸かじり」そのエッセンスを紹介しよう。


イカにはわるいが、スイカはどうみてもお利口にはみえない。形いしたって、ただひたすら丸いだけで、工夫というものがどこにも感じられない。パイナップルをごらんなさい。形にしろ、その表面にしろ、工夫のかぎりをこらしている。食べ方にしたって、スイカは工夫のしようがない。切って中の果肉をそのままかじるだけ。リンゴは皮をむいてもらえるが、スイカは皮をむくか?缶詰になるか?焼きスイカってあるか?「ほんとにもう図体ばかりでかくて、融通がきかなくて、ボーッとしてて、果物界、野菜界共同推薦のバカ代表」と言われて久しい。本人もそこのことはよく知っていて、中央には出ていかず千葉とか埼玉の畑の土の中にうずくまって赤くなっているのが痛々しい。


峠の釜めし」はまさに「国民弁」。なぜこれほどの支持を受けるのか。ウーム、なぜだろう。まず思いつくのは「峠」の威力である。日本人は、峠には特別の思い入れがあり、日本人の旅の象徴であった。もうひとつ「釜」の威力ということも考えられる。日本人は「釜」には特別の思い入れがある。釜は日本人の食事の淵源であり、かつの家庭の象徴であった。つまり峠の釜めしは、旅の象徴だあり「峠」と家庭の象徴である「釜」の二大象徴を具有しているのだ。「だからどうなんだ」と言われると非常に困るのだが。


・今回は海苔の佃煮でいこうと思い、書き始めてはみたものの、なんだか急に心細くなってきた。海苔の佃煮などという、あまりに地味なテーマで一回分の原稿、四百字詰め原稿用紙で約6枚、書けるものかどうか。海苔の佃煮は、熱いゴハンにのせて食べるととてもおいしい。と書いて、あとはもう何も書くことがない。このほかに書くことがあるだろうか。弱った。やっぱり、海苔の佃煮で一回の原稿は無理だったのだろうか。


・知らない居酒屋に入って、「マグロ刺し」「いかそうめん」「馬刺し」とかがあって、その横にさり気なく「肉じゃが」なんてのがあると、なんとなくホッとすることってありませんか。「おう、居てくれたか」と都会のジャングルの中で、ふと同郷の友に会ったような安心感を覚える。「とりあえずこれを「抑え」にして」とすっかり安心して、次の「先発」「中継ぎ」を考えることになる。「先発の枝豆、おう、居た居た」ということになり、それ以降の試合運びが順調になる。


その他、「「おかず横丁」で買いだおれ」「ガンバレ中華丼」「目刺しの出世」「スーパーの恥ずかしもの」「ステーキのくやしさ」「「いし辰丼」の迷い」「ギョーザバーガー出現す」「ソース二度づけ厳禁の店」など。


……ところで……スイカって「丸かじり」できるかなあ……!?オススメです。


 


スイカの丸かじり (文春文庫)