酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「天才と狂人の間 島田清次郎の生涯」(杉森久英)

 


天才と狂人の間―島田清次郎の生涯 (河出文庫)


我ながら文学通だと思っていたが、島田清次郎の名前は、まったく存じ上げなかった。みなさん、知ってた?(・o・)?


天才か、狂人か。ベストセラー作家から地に堕ちた男。大正時代を流星の如く駆け抜けた作家、島清こと島田清次郎少年時代から自分を天才と信じた島田清次郎が、弱冠20歳で世に問うた長編小説『地上』は記録破りの売行きを示し、彼は天才作家ともてはやされ、いちやく文壇の流行児となった。しかし、身を処する道を誤まり、またたく間に人気を失い、没落した。栄光はわずか数年。天才と呼ばれた青年作家は、精神病院の患者となった──。忘れられた作家・島田清次郎の生涯とは?」そのエッセンスを紹介しよう。


島田清次郎が自分自身を天才と信ずるようになったのは、彼があまりにも貧しくて、父親もなく、家もない身の上だったからに違いない。彼は学課の成績もずば抜けている上に、挙止動作が男らしく堂々として、声に力が籠もっており、級長としてクラスに君臨していた。特に作文を書かせると、子供とは思えないような複雑な思考力を示すので、教師たちのある者は彼を神童と呼んだ。いつも心の中で「オレは神童だ!」と絶叫していた。


「清次郎よ、汝は帝王者である。全世界は汝の前に慴伏するであろう!」「人類の征服者、島田清次郎を見よ!」彼は叔父の家の貧しく暗い二階の一室で、このような誇大な文字をノートに書きつけることを常とした。



島田清次郎の誇大な妄想癖は、どこまでが常人の心理でどこからが狂人の心理が、にわかに断定し難い。自己を天才と信じ、自らの中に人類を救済すべき崇高な使命を自覚するのは、昔から沢山の芸術家、詩人、宗教家に見られることであって、決して珍しいことではないとすれば、島田清次郎の思い上がった振舞いや態度は、必ずしも狂人のそれと呼ぶことはできない。彼は次第に常人の域を逸脱して、病者の心理の方へ近づいて行くかのようであった。


・これまで書物ばかりその文章を読み、手紙だけで知っていたその人を、はじめて駅に迎えた時の無気味な印象を、豊子は忘れることができない。その人は確かに男らしくて、堂々として、千万人にすぐれた人らしい威容を具えていた。しかしその人の全体から発するあの、妖気とも殺気とも言いようのない、人の心をひやりとさせるような空気……それは一体何だろう?いつも何かを一心に思い詰めているような、冗談ひとつ言うゆとりのない、あの切迫した表情、そして血走った目。私はこの人と一生を過ごさなければならないのか。


……ドキッっ!Σ(・∀・;)……私も自分を天才だと思っていたなあ……。大正時代の背景も関係しているよね。栄光と挫折は背中合わせなんだなあ…。超オススメです。


 


天才と狂人の間―島田清次郎の生涯 (河出文庫)