一日一冊一感動!小野塚テルの『感動の仕入れ!』日記

タイトルは、『一日一冊一感動!小野塚テルの感動の仕入れ!』日記。 毎日の読書、映画、グルメ、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。(ときどき「酒場のギター弾き」「B級グルメ」も紹介します)

「根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男」(高橋安幸)

 


根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男


この本はシビれた!素晴らしい!今年のベスト10入り間違い無しだね。(・∀・)!


プロ野球の選手としては実働わずか4年で、輝かしい実績もない。それが引退後にスカウト、コーチで経験を積み、1968年から広島の監督になると、先を見据えたチーム作りに才能を発揮。のちにセ・リーグを席巻する“赤ヘル軍団"の礎を築き、79年からは西武の監督、管理部長として常勝球団に。93年からはダイエーで強化を進め、今のソフトバンクへと続く強豪に育てるなど、根本陸夫がかかわったチームは必ず黄金時代を迎えた。世間をあっと言わせる大胆なトレードを仕掛け、ドラフトでは裏技を駆使して次々と有望選手の獲得に成功。巧みな手腕で球界の寝業師の異名をとり、実質的に日本初のゼネラルマネージャーとして辣腕をふるった根本陸夫王貞治衣笠祥雄石毛宏典工藤公康など20人を超える関係者の証言を得て、本書は謎めいていた根本陸夫の真実に迫る」そのエッセンスを紹介しよう。


現役時代は実働4年で輝かしい実績もない三流捕手。引退後は4球団で指揮を執りながら優勝はなく、Aクラス入りも一度だけの二流監督。それでもチーム作りには一流の腕前を見せ、低迷していたカープ、ライオンズ、ホークスに変革を起こし、それぞれの黄金時代へとつなげた男がいる。男の名は、球界の寝業師根本陸夫


プロ野球のすべてを知っていた」と言えるのは根本だけ。ではなぜ根本なのか。なぜ根本だけが、人脈と情報を生かして各球団に変革を起こせたのか。そもそも根本陸夫とはどういう人間だったのか。


工藤公康社会人の熊谷入りが内定し、指名お断りだった。最初は断るつもりだった父親が、根本と話してその人柄に触れたことで翻意し、年の瀬も押し迫った日の二度目の交渉のあと、父親は息子に「お前は根本さんについて行け。西武に入れさせてもらえ」と言った。「話が違うじゃないか」と息子が講義すると、「話が違うもヘチマもない。オレがいま、決めたんだ」と父が返し、その後、紆余曲折を経て西武入団が決まった。『君がプロ野球に進んだら、オレを所沢の親父だと思ってくれればいいから』という言葉が効いたみたいです。


大久保博元「オヤジが『思いっきりやって来いよ』と言ったあと、こう続けたんです。『お前は西武のドラフト1位の人間なんだ。ダメだったら帰ってくればいいんだから、安心して行ってこい』」と。この言葉をいただいたおかげで、僕は巨人で活躍することができたんです。


オヤジのような人は滅多にいないと実感しました。ユニフォームを着ていた人が背広組のフロントに入って、頭脳派の球団幹部と肩を並べて、意見を言って、説得するのは大変難しいわけです。でも根本陸夫という人は、その難しいことをやり切った。チームに関するすべてのことを理路整然と説明できる人でした。だから、とんでもないトレードや新人獲得でもって、弱かったライオンズとホークスを強くできたんじゃないですか。


・(土井正博)面倒見がよく、部下の間違いもすべて自分の責任で引き受けていた。反対に、選手が活躍したら『お前の目、よかったな』と言ってくれる。失敗してもなにも言わない。そういうところに、僕らは感動する。となれば『この人こそ親分だ』と思いますよ。僕らが真似しようと思ってもできません。


現役引退後、4回も西武のユニフォームを着させてもらえたのは、根本さんが(堤義明)オーナーに何度も頼んでくれたからなんです。だから『お前は堤さんにちゃんとしてもらったんだから、お返しするのは西武だぞ。チームが困ったとき、お前が行くことが仕事だよ』とその言葉がいちばん印象に残っていますね。ありがたいことです。


・(衣笠祥雄)その選手のいいところを伸ばすために、どういう言葉が必要なのか、どういう練習が必要なのか。根本さんはそういうことをいつも考えておられました。これからの野球界にもそういう人材は必要でしょう。次の時代のチーム、その下地を作るというときに、若い選手の将来像が見えている人がいるのといないのとではかなり違うと思いますから。


・(田淵幸一)ひと目見て、ああこの人は頼れる人だなと思いました。この人の下でなら、散るまで、泥まみれになって野球ができるのではないか。西武に入ることで、僕の野球に対する姿勢ばかりか、人生観まで変わるのではないか。そんな気がしました。


・(プリンスホテル監督石山建一)情報がどんどん入ってくるのも、人脈があるからです。そうした人脈を築いたのも、ひとりひとりを大事にし、ちゃんと面倒を見ていたからです。


・(日大三高の後輩、拓大紅陵監督・小枝守)仁義を重んじて、二心を持たず人に接し、他社に尽くした方。僕が知る根本陸夫とはそういう人であり、野球観、人生観を変えてくれた人です。なおかつ、自分で研究する余白も持たせてくれたので、僕は根本さんには、感謝という言葉しかない。本当に、すごい人です


・(デイリースポーツ記者・浜田昭八)球界に二度と現れない人物、ということだと思います。取材を重ねるうちに「根本信奉者」が非常に多い。「男が男に惚れた」という類いの話が、いっぱい出てきた。カネがからんだスカウトという世界の真っ只中にいながら、無償の愛を貫いたからこそ慕われたのだろう。


・(オリックス球団本部長・瀬戸山隆三)4位に決まったときの根本さんの顔、私はいまでも忘れられない。『これでいいんだよ、Bクラスで。ワンちゃんが来る前に中途半端なことになったら大変だからな』とおっしゃって。なんと言いますか、“勝たない美学”のようなものがあったんじゃないですかね。野球界全体のために。それと王監督になって勝たないといけない』というのはすごくあった。そういう意味ではものすごく信念をお持ちの方だったと思います。


・「何事も表と裏がある。表ばかり見ていたら裏はわからない」


「若い人を育てるのが好き。手塩にかけた苗に実を結ばせるのは、私の次に来る監督にお任せしたいんだ。自分は土台を作るほうが性分に合っている


「僕とすれば、ひとつのものが生まれる、新しく作る、というときには、『徐々に変わるのは不可能なんだ』という考え方なんです。やっぱり極端に変えることによって変わるんだと思うし、極端に変わる方法として何があるかといえば、まず人ですね。人を入れ替えることによって、自然に雰囲気を変えることができる。極端にそれをやるためには、主力でなければならない」


お前ら、なにも責任ないんだぞ。負けたのは監督のオレが無能だったからだ。責任とらないかんときはオレがとる。だから心はもう来年のほうに向けてくれ」


「長嶋も王も、これから口説き落とす」


「合理と不合理を上手に使い分けろ」


「コーチ連中に言っとくけど、お前ら、監督に遠慮しすぎなんだよ。『世界の王』だと思って接しているからそうなるんだ。この王くんはな、ラーメン屋のせがれなんだよ。(これをきっかけに監督対コーチの溝が消え、それが選手間に好影響をもたらし、チームに一体感が生まれた)」


「(王監督を口説いたとき)東京ドームには長嶋茂雄という長男がいる。君は福岡ドームの長男にならんか。補強はいくらでもする。」


この本と併せて読むといい。すごい。もう二度とこんな人は出ないだろうなあ。野球ファン必読。超オススメです。(・∀・)


「球界地図を変えた男・根本陸夫」(浜田昭八・田坂貢二)
http://d.hatena.ne.jp/lp6ac4/20070225


 


根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男