「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「伝説の鉄道記者たち 鉄道に物語を与えた人々」(堤哲)

   


伝説の鉄道記者たち―鉄道に物語を与えた人々 (交通新聞社新書)


私は鉄道ファンというほどでもないが、強いて言えば「鉄道本ファン」あるいは交通新聞社新書」ファンかもしれない。


いまは生活や仕事の足として当たり前になっている鉄道。しかし、ほんの140年程前、日本が丁髷の国から一気に近代国家へと転換していくなかで、鉄道は極めて重要な国家事業であったのだ。ほぼ同時期に瓦版から生まれ変わり、成長していったのが「新聞」だ。「そんな背景の中で「鉄道記者」はどのように誕生し、活躍の場を広げていったのか。ほとばしる情熱と才気をみなぎらせ、ペンを手に時代のうねりを発信し、鉄道に物語を付与した記者たち。本書では元「鉄道記者」である著者が、多岐にわたる資料を丹念に拾いながら記者たち や周辺の人々の足取りを読み解く。密接に絡み合う鉄道史と新聞史双方が明らかになる、貴重な記録」中でもホーっと驚いたページを紹介しちゃいましょう。



日本八景


新聞社が募集した人気投票に、全国から寄せられた郵便はがきが1億枚。郵便局がびっくりした空前絶後の出来言だった。1927(昭和2)年「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」が募集した日本新八景」選定である。当時の日本人の人口が6200万人足らずだから、国民一人当たり1.5枚出した勘定だ。「取り扱われた情報量の多さにおいて、我が国の情報メディア史上、特筆に値する出来事であった


この企画を社内提案、裏方として成功に導いたのが「東京日日新聞伝説の鉄道記者・青木槐三(かいぞう)だった。当時29歳。


日本三景(松島、天橋立安芸の宮島)は箱庭の景勝。交通の開けた今日では物足りない」というのが企画の趣旨だった。大正から昭和へ。今でいうディスカバリー・ジャパンである。


その他「鉄道操觚(そうこ)者・木下立安」「伝説の特ダネ記者・青木槐三」「特急「つばめ」誕生秘話」「忠犬ハチ公をめぐる鉄道記者たち」「『国鉄物語』の門田勲」「レイルウェイ・ライター種村直樹」など。


忠犬ハチ公が造られた偶像だったなんて……驚き〜〜!やっぱりこのシリーズはオモシロイねえ。オススメです。(^ν^)


   


伝説の鉄道記者たち―鉄道に物語を与えた人々 (交通新聞社新書)