全作品読破を目指しているノンフィクションライターの野地秩嘉氏。この本も実に読ませる。一気読みだ。
「京料理、寿司、ふぐ、フレンチ、中華・・・。一流といわれる東京の名店から、地方でひっそりと営業している小さな料理店まで、食に携わる達人たちを訪ねて、彼らの仕事と人生を克明に追ったノンフィクション」どれも紹介したいのだが、中でもこのお店のことがダントツだった。紹介しよう。
【空也の商法】(主人 山口元彦 中央区銀座6−7−19、明治17(1884)年創業)
https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13002591/
・この間、NTTの人がやってきて、つくづくあきれたって。こんなに多いのは初めてだ……。お前のところは、いつ電話かけても話し中じゃないか、と叱られてばかりなのでかかってくる電話の数を調べてもらったんですよ。そうしたら、なんと一日に3600本も予約注文の電話がかかってくるんです。毎日、死に物狂いで電話にかじりついているんですが、それでも一日に受けられる数はせいぜい300本。話し中になるのも仕方ありません。
・空也が一日に作るもなかの数は約8000個。戦前、戦中、戦後と人気を誇り、買うのに苦労するようになったのは10年程前から。ショーウィンドウもショーケースもない、クレジットカードの扱いもない。支店を出していない。デパートの催事にも商品を出さない。宅配便で発送することもなく、配達もしない。FAXでの注文もできないし、ネット注文もダメ。食べるには電話で注文し、日にちが決まったら、自分で取りに行くしかない。それは金持ちも大臣でも同じ。
「予約注文でも雨が降ったり、台風がやってきたりすれば、キャンセルになっても仕方がない。ところが、ほんとうにありがたくて…必ず取りに来ていただけます。キャンセルがあるとしても月に一度か二度だけ。『宵越しの菓子』は渡したくありません。おいしいものを安く提供するのがうちの商法です。おいしくないものを売っていると言われるのが嫌なんです。そういうところはちょっと頑固ですね、私は」
「うちのやり方にどうしても納得をしてくださらないお客様がいるでしょう。大量に注文するのだから、うちまで運んでこい、と……。そんな時。私はこの不自由な体で頭を下げに行きます。勘弁してくださいと謝ります。そうするとまず、どんな方でも許して下さいます」
・「空也もなかを確実に予約する方法」それは葉書を使うことだ。1週間〜10日先の日にちと必要な個数を記した葉書を送る。日にちは、第一希望〜第三希望まで書いておくといい。着いたら空やから確認の電話がかかってくる。どこの企業もITの設備投資に目の色を変えている。今どき「葉書で予約してくれ」なんて会社はない。しかし、そんな時代だからこそネットも宅配便も関係ない空也の商法は痛快だ。
その他、「おかあさんは26歳(銀座 天亭)」「うずら卵となすのへた(新橋 京味)」「ふぐと拳闘(東新宿 三浦屋)」「オーナーシェフの多忙な一日(市谷 ル・マンジュ・トゥー)」「親方と私(銀座 小笹寿司)」「銀座の名物(銀座 きく)」「グラン・メゾンとは何か(銀座 ロオジエ)」「カウンターの達人(京都 ます田)」「香港の先生(名古屋 菜の花)」「1969年(富山 レストラン小西)」「人生七転び八起き(麻布十番 あん梅)」「なれ鮓オーベルジュ(滋賀 徳山鮓)」「沖縄の食堂(那覇 高良食堂)」「次年子のそば打ち名人(山形 七兵衛そば)」「フィジカル・ニッポン(明石 西海酒造)」「母と兄と弟(旭川 北の富士本店櫻屋)」「自分の味(西麻布 おそばの甲賀)」など。
まさに汗と涙の物語だね。これ映像化してシリーズ化にならないかあ。オススメです。(・∀・)