「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「七帝柔道記」(増田俊也)


七帝柔道記


スゴイ本に出会いました!感動につぐ感動!!!間違いなく今年読んだ本のベスト10に入るだろう。(・∀・)

あの名著木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか増田俊也氏が、圧倒的な筆力で描く自伝的青春群像小説。


「主人公は、七帝柔道という寝技だけの特異な柔道旧帝大にあることを知り、それに憧れて2浪して遠く北海道大学柔道部に入部する。そこにあったのは、15人の団体戦一本勝ちのみ、場外なし、参ったなし、という壮絶な世界だった。かつて超弩級をそろえ、圧倒的な力を誇った北大柔道部は連続最下位を続けるどん底の状態だった。そこから脱出し、なんとしても七帝柔道での優勝を目指し「練習量が必ず結果に出る。努力は必ず報われるはずだ」という言葉を信じて極限の練習量をこなす。東北大学東京大学名古屋大学京都大学大阪大学九州大学、ライバルの他の七帝柔道の6校も、それぞれ全国各地で厳しい練習をこなし七帝戦優勝を目指している。そこで北大は浮上することができるのか――。
偏差値だけで生きてきた頭でっかちの青年たちが、それが通じない世界に飛び込み今までのプライドをずたずたに破壊され、「強さ」「腕力」という新たなる世界で己の限界に挑んでいく。
個性あふれる先輩や同期たちに囲まれ、日本一広い北海道大学キャンパスで、吹雪の吹きすさぶなか、練習だけではなく、獣医学部に進むのか文学部に進むのかな どと悩みながら、大学祭や恋愛、部の伝統行事などで、悩み、苦しみ、笑い、悲しみ、また泣き、笑う。そしてラストは――。性別や年齢を超えてあらゆる人間 が共有し共感できる青春そのものが、北の果て札幌を舞台に描かれる」そのエッセンスを紹介しよう。


・北大は二回生とか三回生とか言わずに、二年目とか三年目って言うんだ。三年在籍して二年生だと三年目二年って言うんだぞ。なんでか知ってるか?留年が多いから。笑えるよ、ほんと。


・鷹山がいう「ほんとにきついんだ。寝技をあそこまで徹底しているとは思わんかったよ。あんなの柔道じゃない。寝技はほんとにきつい。練習時間が長いし、寝技乱取りばっかりで体力がついていかない。合宿になるとその何百倍も何千倍も何万倍もきつい。それが年に何度もあるんだぞ。合宿以外にも二部練とか延長練習とかいつもいつもそんなんばっかりだ、柔道以外、勉強も合コンも旅行もなんにもできん。なんのために苦労して北大入ったかわからんくなちゃって…他の体育会の部とも違う異様な雰囲気なんだ…」鷹山は練習がきつすぎると訴えた。苦しすぎると訴えた。だから辞めたんだと話し続けた。訴え続けた。


いま普通に行われている柔道は、嘉納治五郎が起ち上げた柔道の総本山『講道館』の柔道です全日本選手権や五輪、インターハイやインカレ、それらはすべてこの講道館柔道です。この普通の柔道は、投技で投げた後しか寝技への移行を認めていません。いわゆる『引き込み禁止』ルールです。でも私たちがやっている七帝ルールでは、この『引き込み』が許されていて、組み合ってすぐに自分から寝転がって寝技にいってもいいことになっています。それから、寝技が十秒くらい膠着すると今の柔道では審判がすぐに『待て』と言って両者を立たせて、また立技から試合を再開させますよね。七帝ルールには、あの『待て』もないので試合でもはじめから終わりまで延々と寝技を戦い続けます。有効とか効果というポイントもありません。勝負は一本勝ちのみで、場内と場外の仕切りすらありません。これは戦前の高専柔道という柔道の伝統を受け継ぐものです。今では七つの旧帝大だけが年に一度、七帝戦という大会を開いて戦っています。


・私が初めて絞め落とされたのも、もちろん岡田さんだった。落ちることがこれほど苦しいとは思わなかった。地獄のような苦しみだった。いや、死んだほうがましだと思った。離してくれないのがわかっていても必死に片手で岡田さんの体を叩き続けて参ったし、口から泡を吹き、涎をたらしながら悶絶するうち闇の中へ吸い込まれて意識を失った。活を入れられて蘇生した後は記憶が吹っ飛んでしばらく自分がどこにいて何をしているかもわからない状態だった。生まれてからこれまでで最も苦しい体験だった。落とされるたびに夢を見た。たくさんの蝶が舞う草原のなかに立っていて、目の前に川がある。「こっちへ来なさい」死んだはずの祖母が川の向こう側で手招きしている。ああ、これが三途の川なんだなと思いながら渡ろうとすると、活を入れられて現実世界に呼び戻されるのだ。


・国際化してますますスポーツ化していく講道館柔道に対し、われわれ七帝柔道がとるべき道は高専柔道を受け継いだ武道としての柔道ではないのか。スポーツ化していく柔道に対するアンチテーゼとして七帝柔道があるのではないか。七大学が講道館に追従したら、本物の柔道が日本から消滅してしまう、そもそも体格や素質で強豪私大に劣る我々が柔道をやる意味すらないのではないか。寝技こそわれわれのとる道だ。


・なぜこれほど苦しい思いをして、新聞どころか柔道専門誌にさえ結果が掲載されない小さな大会、寝技ばかりのルールで柔道界でも異端視され排斥されている七帝戦に学生時代のすべてを捧げるのか。しかし一方で、誰もが七帝柔道をやったことへの感謝を心からの言葉で述べていた。ここまでの苦しい思いをしながら、なぜ最後に感謝の言葉が出てくるのか。苦しくとも最後まで続けろと、なぜ上級生たちはそこまで自信を持って言えるのか……


・「なあ、みんなで一緒に辞めないか……。カンノヨウセイの前にみんなで辞めようよ。こんなに練習するのおかしいよ。だって俺たちただの北大生だろ。これ、間違いなくプロ野球のキャンプより練習量多いよ。なんでプロでもないのに、ただの北大生が朝から晩までこんなに練習しなきゃいけないんだ。おかしいよ。もうみんなで辞めようよ」


「忘れなや、今ん時期、他の大学も同じう練習しとるんじゃ。一時間でも多く練習し大学が勝つんで。一本でも乱取りの多い大学が勝つんで。執念の強い大学が勝つんで。乱取りでも練習試合でも妥協すなや」


・「これから練習積んでいくうちにいろいろわかってくるじゃろうて。練習そのものがあんたに教えてくれるじゃろうて。この北大柔道部っちゅう畳の上には生きることの意味すべてが詰まっちょる。それを一つひとつ見つめて、深く深く考えていくことじゃ。それがあんたのこれからの宿題じゃ」


・夜の慰労会で四年目の引退挨拶となった。和泉さんが立ち上がった。監督や同期への感謝を述べた後「来年こそ……」と言って天を仰いだ。そのまま黙って涙を流しはじめた。天を仰ぎ、涙を拭おうともせず、静かに立っていた。静かに静かに、涙を流し続けた。横で見ていた松浦さんがいたたまれなくなったように立ち上がり、和泉さんの肩を抱いて座らせた。だが、挨拶しながら松浦さんも感極まって涙をこぼしはじめた。末岡さん、本間さん、上野さん、豊沢さん、内海さんと順に幹部が挨拶していった。みな咽び泣きだした。私達もただただ一緒に泣くしかなかった。この世に神はいないのか……努力は報われないのか……。


こんな青春があるんだ…。壮絶とはこのことだ…。一気に読み切ること必死!マンガ化もされているらしいね。超オススメです!!!(・∀・)