またまた地理本だよー!47都道府県の由来を紹介しながらの日本一周!そのエッセンスを紹介しよう。
・北海道 → 名付け親は探検家で開拓使の高官であった松浦武四郎だが、アイヌ民族が自らを「カイ」と呼ぶことから、「北加伊道」、同じよみで南海道、東海道と平仄(ひょうそく)を合わせた「北海道」、さらに日高見道とか海海道といったアンも提示していた。地名の多くはアイヌ語起源であり、当て字が多い。「内」と「別」は川とか沢をいう。「幌」は広々とした土地だ。
・青森 → 西武は旧津軽藩で、東武は南部藩である。寛永年間に三代目藩主津軽信枚によって開かれる前は、善知鳥(うとう)といったのを、青い松林があったので青森としたという。ここが県庁所在地となったのは、青森県が成立したときに北海道の一部も県域に含まれていたのが一因らしい。港町である青森の方が便利だったからである。
・岩手県 → 岩手山の溶岩が押し出された地形があることから「岩出」から転訛したのではないかというのが穏当なところか。
・山形県 → 山形の名は、上流部を意味する「山方」から来ているらしい。
・埼玉県 → 埼玉は、もともと、先多摩ということらしい。明治4年の埼玉県の県庁所在地は、岩槻のはずだったら、城内に適当な建物がなかったので、やむなく、宿場町の浦和にした。浦和は足立郡なのだが、件名は岩槻のある埼玉郡によった。そういう意味では「さいたま市」を名乗ったのは、いかんせん、歴史的経緯を無視した剽窃行為だ。
・東京都 → 23区といえども郡が設定されていた江戸城のところは、戦国時代までは荏原郡だが、江戸時代には豊島郡だった。関東大震災のころは、新宿駅や東京都町のあたりは豊多摩郡淀橋村だったのだ。
・静岡県 → 駿府は駿河府中の略称のようなもの。府中では「不忠」に通じ、微妙な立場にある徳川家としては誤解を招きかねない名前だった。そこで、市街地北方にある賤機山(しずはたやま)にちなんで賎(しず)ヶ岳としようという案が出て、それを少しソフトにした静岡で落ち着いたのである。
・愛知県 → 中世に「那古屋庄」という荘園があった。那古屋の意味は「根小屋」の意味だろうとか、平坦な土地を意味するとか諸説あるものの確証があるものはないが、いずれにせよ、名古屋という表記にしても明治になってから統一したものだ。
・三重県 → 四日市が属する三重郡から来ている。伊勢国は「磯」であるとか、国神の伊勢津彦の名による、五十鈴川と関連があるとか諸説あるが不明である。三重はヤマトタケルが足が三重に曲がるほど疲れていたからともいうが分からない。
・佐賀県 → 佐賀市の名は所在する佐賀郡に基づく。『肥前国風土記』によれば、クスノキの繁茂する「栄の国」というのに由来するという。