「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「続・駅名で読む江戸・東京」(大石学)


私の大好きな地理ネタ本の第二弾!この本は、東京都内のJR、私鉄、地下鉄の身近なあの駅の歴史がわかる。ユニークな地名事典。東京の裏話、表話が分かる。そのエッセンスを紹介しよう。



【品川】


「品よき地形」であったため、隣村の「高輪」に対して「品ケ輪」と名づけた。また目黒川の古名である「下無川」が品川になったという説もある。


【田町】


もともと上高縄村の一部だったが、しだいに民家が増し、町屋・商家が成立、なかでもこのあたりは田畑一円が町屋になったため「田町」と呼ばれるようになった。


【麹町】


武蔵国国府府中市)に通じる道だから国府路」とする説や、付近に武家屋敷が多く、「小路」が多いからという説、酒・醤油・味噌などを作る麹屋があったことにちまむとする説などがある。


【大門】


「大門」を「おおもん」と読める人は江戸時代通である。「大門」は江戸時代の遊郭の入口の門のこと。とりわけ吉原の門が有名であった。地下鉄の駅名の読みは「だいもん」である。これは駅の近くにある増上寺の惣門を俗に「だいもん」といったことにちなむ。


四ツ谷


武州豊島郡霞村の内、欠戸と呼ばれた地域があり、そこに住居を構えるようになった百姓家が四軒あった。それら家の名は保久屋・梅屋・茶屋・布屋で、付近の村の者はこの地域一帯を四屋と呼ぶようになり、その後、四ツ屋とも四谷ともいわれるようになったがまとめて谷の字に改められた。


【蒲田】


蒲田とは泥深い田地を意味し、当地がそのような地質の土地であったという説、アイヌ語のカマタ(飛び越えたところという意味。ここでは沼の中の島といいうことか)に由来するという説がある。古代の蒲田は、西方の多摩川と南方の海に囲まれた湿地もしくは沼地のやや高まったところにできた集落で、どちらにせよこの地形に深い関わりのある名といえよう。


【明大前】


大正2年(1913)4月の開業当時は「火薬庫前」という駅名であった。それは明大和泉校舎の地に陸軍の火薬庫があったことによる。その後大正6年(1917)年に「松原」に変わった。この名は駅舎がかつての松原村の地にあったことによる。そして昭和10年「明大前」と駅名の変遷がこの地域の歴史をそのまま示している。


地名ってオモシロイよねえ…。学校の地理の授業の副読本に最適。オススメです。(・∀・)