酒場のギター弾き 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「逆説の日本史12 近世暁光編 天下泰平と家康の謎」(井沢元彦)

今年、全巻読破を狙っている井沢元彦氏の「逆説」シリーズ。いよいよ江戸時代に入りました。やっぱり徳川家康はすごいなあ…。「鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす」といわれる謀略の天才の手法に迫る渾身の歴史ノンフィクション。そのエッセンスを紹介しよう。


豊臣秀吉「唐入り」とは、いや「唐入り」に限らず、多くの英雄たちの体外侵略とは、軍事バブルでふくれ上がった兵士に対する「仕事の創出」つまり雇用対策なのである。国内には敵はいない。すなわち、戦争の種はない。逆に言えば、国内に敵がいないからこそ、国を留守にできる。だから外へ行くー。これが世界史の法則、いや人類の常識というべきものである。


家康は戦国武将の中でも極め付きの読書家である。信長・秀吉も、多くの戦国武将も「本を読む」ということをほとんどしなかった。信長も秀吉も「孫子」を読んだという話は聞かない。要するに彼等は天才なのであって、多少の耳学問でも十分に名戦術たり得たのだ。ところが家康は違う。彼の興味ふかいところは、「自分は信長や秀吉のような天才ではない」と自覚していたとしか思えないところにある。剣術でも馬術でも家康は、師匠について習った。


・江戸という場所は、当時は関東の一寒村に過ぎなかった、実は、江戸には大阪にはない致命的ともいえる欠点があったのだ。それは、平地の中に、障害物「山」がいくつもあったからだ。東京には、「渋谷」「千駄ヶ谷」「四谷」「日比谷」等「谷」のつく地名が多い。「駿河台」「市ヶ谷台」「神田台」など「台」のつく地名も多い。これは偶然ではない。都市を築く大いなる障害物である山が多数あった。これは江戸は首都として使えない、では、江戸を大都市にするにはどうすればいいか?山を削ってしまえばいい。そして余った土地で海を埋め立てれば平地も広げられる。しかし、そんな大工事は一大名の力では到底不可能である。家康は違う。彼は将軍となったことで、天下の大名、全国の武士に命令を出す権限を得た。つまり、これまで誰も成し得なかった江戸改造計画も、家康なら可能だ、ということである。


これから作る自分の幕府が、室町幕府のようにならないためにはどうすればいいか?自分の子孫が運営していく徳川将軍家がどうすれば永続するか?まずその二つの問いが家康の頭の中にあったことは間違いない。なぜそう断言できるかというと、家康のとった政策というのはまさにこの問いに答えるものであったからだ。大名統制である。


本願寺の分裂」が家康謀略の最高傑作なら、その後継者たちの行った「檀家制度」江戸幕府の謀略の最高傑作である。

なぜ、徳川幕府の長期政権は続いたのか?その謎が明らかに。超オススメです。(・∀・)