「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

「差別と日本人」(野中広務 辛淑玉)

自民党の元幹事長・野中 廣務(広務)氏は被差別部落出身だとは、知らなかった。そして在日韓国人辛淑玉氏。二人が語る、日本の中に蔓延る「差別」とは?部落とは、在日とは、なぜ差別は続くのか?誰も語れなかった人間の暗部。差別への無理解と、差別が差別を生む構造とは?そのエッセンスを紹介しよう。


・差別と一口に言っても、世の中には部落差別以外にも多くの差別問題が渦巻いている。病気の差別、男女差別、国籍差別…差別される側であったり、少数者であるために政治に声が届かない人の問題にも、私は出来る限り取り組んできたつもりである。今のような格差のある社会は絶対にあってはならない。これは冷淡な小泉政権負の遺産に違いないが、私の理想とするのは、互いが足りない部分を補い合っていく温かみのある社会だ。それが実現されてはじめて豊かな社会が築かれる。だからあらゆる差別問題は解決していかなければならないのだ。


・私が中国や北朝鮮などと接するとき、妙にへりくだったりはしない。こちらが言いたいことを遠慮して付き合うのではなく、言うべきことは率直に言いながら交渉していくという姿勢を貫いている。時には喧嘩もするが、何度も足を運びながら交渉する。それが外交の基本と考えているからだ。私は北朝鮮に対し、相手が耳の痛いことを何度も言った。だから金容淳(キムヨンスン)党中央委書記から「あなたは絶対に友好的な人でないから、これから何度も来なさい」と言われた。それで何度も通うようになったのだが、結局は一番の友人になった。外交とはそういうものだ。


「野中さんは大阪におったら飛ぶ鳥を落とす勢いだけど、地元に帰ったら部落の人だ」僕は「ええー!」と思った。自分の下級生を、自分の町の人間を連れてきて、将来の夢が開けるように大学に行かせて、夜学から帰ってきたら味噌汁も作ってやった。これだけ誠意を持って世話した人間に、なぜこんなことを言われなければならないのかと思ったら、ガクーと落ち込んだですよ。バーッと一目散に下宿へ帰った。帰って、四日間ぐらい僕は七転八倒したですよ。ほんとに苦しんだ。けれどもその時に出した結論が、僕は大阪でいくら一生懸命やってたってダメなんだと。地元には部落という位置づけで差別の対象にされる現実があるんだと。だから自分の出自を知ってくれてるとこへ真っ直ぐ帰って、今からやり直そうと。そこからもう一度自分の生き方を考えてみようと。


・(野中)中学二年の時に、「あいつは部落の人間だよ」って後ろから歩いていくる連中が言っているのを聞いて、初めて僕は自分が部落出身者だということがわかった。それからですよ。「なにくそ」と思ったのは。それまでは自分の出自を知らなかったからね、某はそれから自分を意識しだした。まあ、そのことを俺のハンディにしたってしょうがねえんだと。それをバネにして頑張りゃいいんだと思ってやってきたからでしょうね。


その他、関東大震災における虐殺・福田村事件」は知らなかった…。

野中さんってスゴイなあ。男らしいなあ。ファンになりました。すべての日本人必読の本。おすすめです。