- 作者: 吉村昭
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2009/11/10
- メディア: 文庫
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「私は、その小説を書いている間、それこそ何度も書き終えるまでは死にたくない、と思った」、「この世を飛び去るに及んできれいに死を迎えたい」 自らが描き続けてきた作中の歴史的人物のように、潔く死と向きあった作家。最後の連載随筆集。ジワーっと心に沁み込む中身だ。その中でも一番胸に響いた話のエッセンスを紹介しよう。
「大地震と潜水艦」
スキータレツというイギリス人の脚本家が、大正二年の関東大震災のすさまじい印象を手記に残していた。怒り狂ったような大地の激しい揺れに、かれは恐怖におそわれて半狂乱になり、泣き叫ぶ妻をかかえて傍らの家の広い庭に入って、土の上にしゃがみ込んだ。そこには避難していた市民たちがいたが、かれは、奇妙な情景を眼にし、それを次のように記している。「日本人の群衆は、驚くべき沈着さをもっていた。庭に集まった者の大半は女と子供であったらが、だれ一人騒ぐ者もなく、高い声さえあげず涙も流さず、ヒステリーの発作も起こさなかった。すべてが平静な態度をとっていて、人に会えば腰を低くかがめて日本式の挨拶をし、子供たちも泣くこともなくおとなしく母親の傍らに坐っていた。」この情景に、かれは日本人とはどのような性格を持っているのか、と茫然としたという。
私はこの手記を読んで、自然にある潜水艦事故のことを思い浮かべていた。それは、基準排水量2198トンの伊号第33潜水艦で、終戦前年の昭和19年6月13日に、四国の松山沖で訓練中に事故で沈没。艦長以下102名が殉職し、救出された者わずかに2名という事故であった。同艦は、戦後の昭和 28年7月にサルベージ会社によって61メートルの海底からの浮揚作業に成功し、海面に姿を現わした。
艦の全部の魚雷発射管室とそれにつづく兵員室は未浸水で、真っ先にそこに入った広島県内紙の中国新聞記者兼カメラマン白石鬼太郎氏は、兵員室で異様な光景を眼にする。氏は、私に、「内部の悪性ガスを吸って、頭が一瞬狂ったと思いましたよ」と、言った。
カメラの焚いたストロボの光に、生きたままの水兵たちの遺体が、蚕棚状のベッドに横たわっているのが浮かび上がった。その区画内の酸素が全部吸いつくされて腐敗菌の活動がやみ、さらに海底であるので気温が低く、腐燗することもなく冷凍人間になっていたのである。さらに浸水した艦の下部から、多くの遺骨とともに水枕に入れられた遺書も発見された。そこには、激しい苦悶の中で皇居遥拝、国家斉唱などの儀式がおこなわれたことが記されている。
軍艦史研究家の故福井静夫氏は、沈没した外国の潜水艦を浮上させた折の艦内は、凄惨きわまりないことを、いくつかの例をあげて話してくれた。酸素がなくなって狂乱状態になった乗組員が、われ先にハッチから脱出しようとして激しく争った姿がみられるという。
「日本の潜水艦の場合は、そのようなことはないのです。、兵員室では自分のベッドに身を横たえ、死を迎えている。なぜでしょうね、不思議です」氏は、首をかしげて言った。
イギリスの脚本家の手記にみられる日本人たち。それは私自身でもあるような気がする。大地震で避難した折に、久しぶりに知人と出会う。私は、ひどい地震ですね、などと言って挨拶する。その姿が、外国人の眼には奇異なものに映るにちがいない。
ん〜…、阪神淡路大震災のときもそうだけれど、私たち日本人に流れている資質は、世界に誇れるよね。(^ム^)やっぱり吉村昭氏はいいなあ!また読み始めようかな!これらもめっちゃ面白いっす!
BOOK〜とっておきの話!…『事物はじまりの物語』(吉村昭)
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