「てるてるソング」 小野塚テルの一日一冊一感動『感動の仕入れ!』日記

毎日の読書、映画、グルメ、流し、人との出会いなど様々なものから感動を得ています。特に本は年間300~400冊読破します。人々を『感』させ『動』に導き、『感する人』になるようにそのエッセンスを紹介しています。

BOOK〜『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』

とある雑誌の書評欄で紹介されていたこの本。やたらと長いタイトルになぜか惹かれて読みました。あれっ?ブログのタイトル途中で切れちゃってるじゃん!?
(~_~;) 読んでみると、実にオモシロイ!こういう本って案外ないのかも!?


昭和20年代初め、山形県酒田市「グリーン・ハウス」という映画館があった。「さいなら、さいなら、さいなら」のセリフで有名な映画評論家・淀川長治氏が「世界一の映画館」と言わしめた伝説の映画館。

そして、同じく酒田市にある「ル・ポットフー」というフランス料理店があった。ここは、開高健丸谷才一山口瞳らの食通たちの絶賛を浴びた「日本一のフランス料理店」。そして、この二つを作ったのが、伝説の男・佐藤久一


しかし好事魔多し、その全盛時に「グリーン・ハウス」を出火元とした酒田大火という大火事、高度経済成長によるライバル店の出現、車社会の到来、自分のこだわりを追及しすぎた慢性的な赤字経営…。やがて佐藤久一の名前は忘れ去られてしまった…。(>_<)


この時代の東北の一地方都市に、こんな人物がいたのか?ということに驚かされる。たとえば、前半の伝説の映画館「グリーン・ハウス」のエピソードをいくつか紹介しよう。


・映画館経営で何よりも大切なのは上映作品の選定だと考え、映画会社の契約はすべて自分で行い、作品が変わるたびに『グリーンニュース』という無料の小冊子を発行した。


・映画館の入口を回転ドアにした。(当時回転ドアは東京や大阪のホテルなどでした見かけなかった。


入口を入ると正装した白髪の案内係が「いらっしゃいませ」とにこやかに迎えてくれる。一流ホテルか高級レストランのような接客に初めての入場者は度肝を抜かれた。
映画評論家の淀川長治氏が『たいがいの国の映画館を見たが、あんな映画館はなかった。あれはおそらく世界一の映画館ですよ。』酒田市内5館の三分の一の興行収入をあげるもっとも客の入る映画館として君臨していた。


・ロビーには茶器と熱いお湯の入った魔法瓶が常備され、いつでも飲めるようになっている


・2名の清掃係員にこまめに清掃させ、ロビーは塵一つなく磨きあげられて、生花がいたるところに飾れていた。


・グリーン・ハウスへと続く十数メートルの通路を赤いビニールタイル張りにし、道の中央にカプセル状の切符売場を設けた。道路の両側にはショウケースを設け、東京で流行っている最新のハンドバッグやアクセサリーなどを置いた


・女性トイレの広さ、明るさ、清潔さ、洗練された雰囲気が酒田市民の間で評判になり、トイレに入るためだけに来館する女性までもが現れ、履物を脱いでトイレに入り、床に座って弁当を食べる人もいたほどだった。…などなど。


時代の最先端を進み過ぎていたのかも…。彼でさえも、時代の変化にはついていけなかったのだ。そして彼を陰ながらサポートするビジネスパートナーがもしいたとしたら?
スゴイ人がいたんだな…。グリーンハウス、いってみたかったなあ。